NPO法人双牛舎

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青みかん宅配便にて郷だより    印南 進

『合評会から』(三四郎句会)

敦子 果物送ってもらって郷(さと)の季節が分かる。特に青蜜柑なんか頂きますとね。
尚弘 蜜柑を送るだけで、元気でやっていることが分かる。その証拠が届いた。
而云 青蜜柑の宅配便、確かに一足先に秋を感じますね。ああ、こういう時期が来たのか、と。
進(作者) 和歌山の青蜜柑を思い描いて作ったのですが。
         *        *        *
 青蜜柑は特殊な状況下の果物である。収穫をもう少し遅らせば、甘くて金色に輝く蜜柑になるのに、わざわざ青くて、酸っぱいうちに食べてしまうのだ。理由は季節の先取り以外にないだろう。「おや、もう、青蜜柑」。店頭で見掛ければ、来るべき秋を思い、送られて来れば故郷の秋風を感じる。
 私の知人の祖母は酸っぱい青蜜柑が大好きだった。孫娘の一人は祖母を真似ているうちに青蜜柑好きになり、今でも好物だという。一方、孫の一人(男)は、仕舞っておけば美味しくなると思い、机の中に隠していたのだが、「萎れていくうちに、甘い蜜柑が店に並び出した」と話していた。(恂)

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異国語も秋の声なり京の寺     河村 有弘

『季のことば』

 この夏の地球は温暖化どころか炎熱化していた。東京の最高気温を見ると、八月はもちろん、九月に入っても三十五度以上の日が続いた。月末になってようやくホッとする日に出会えるようになったが、炎熱化の解決案は世界のどこからも出てこない。来年はどうなる、の声が早くも出始めた。
 日本大好きの外国人も、この夏は参ったようだ。東京で電車や地下鉄に乗れば、大きなスーツケースを引きずり、難行苦行の旅行者に出会うのは毎度のこと。山陰地方に別荘を構えた外国人夫妻は、余りの暑さに名古屋空港まで来て「もう国に帰ろうか」と話し合っていた(テレビ番組より)。
 しかしようやく秋になったようだ。句の作者は、京都の寺院でふと耳にした外国語を「秋の声」と感じた。雰囲気からすれば、英語かフランス語か。中年の男女が庭や建物などを愛でながら、穏やかに会話を交わしていたのだろう。その声は周囲に溶け込み、自然の物音のように聞こえたのである。(恂)

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柔らかきカマキリの子はやっと立ち      宇野木敦子

『季のことば』

 この句についてどう書くか、と考えているうちに気付いた。「蟷螂(カマキリ)生る」という夏の季語があったのだ。カマキリの雌は秋に、卵鞘を草や木の枝に産み付ける。そして冬から春が過ぎ、夏になると卵鞘から小さなカマキリがたくさん生まれ、それぞれが成虫への道を辿ることになる。
 生れたてに違いないから、季は当然「夏」のはず。九月の末にもなって、この欄に出すのは時期遅れの感が否めない。とは言え先日出席した別の句会では、夏の句をいくつか見かけたし、カマキリ自体が秋の季語なのだから・・・。当欄の掲載不適格というほどではない、と勝手な理屈をつけた。
 句会では評判が良かった。「凄い数が生れてくるはず。その中の一匹をよく見ています」(賢一)、「カマキリの子に対する暖かい視線を感じた」(有弘)、「珍しい所を見つけたものだ」(而云)。生れたては半透明の白さだという。その一匹がやっと立ち上がったのだ。何となく秋立つ頃を思った。(恂)

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ボランティア腰伸ばし聞く秋の声     田村 豊生

『おかめはちもく』

 その昔柔道で鳴らした人たちが中心になってこしらえた、その名も「三四郎句会」というユニークな句会の会報最新号に載っていた句である。
 「ボランティアという語を使って現代的な感覚の句にした」(有弘)、「被災地に入ったボランティアたちの雰囲気が感じられる」(賢一)、「今年の日本はまさに災害列島。ボランティアがやれやれと腰を伸ばし、秋を感じている」(正義)、「時世を詠んで秀逸。暗さがなく、ボランティアの感懐に絞って、前向きなところがいい」(崇)などと、多数の会員が共感を抱いたことがうかがえる。
 ボランティアが聞く秋の声とは、"災害の当たり年"とも言うべき平成三十年を如実にもの語り、警世の声とも取れる、実に素晴らしい句だ。
 ただ、その合評会で而云氏が「『聞く』は省略し、『腰を伸ばせば』などとしたらどうか」と述べているのを見て、まさにその通りだと思った。「伸ばし、聞く」と動詞が連続すると、折角の句がもたついてしまうようだ。災害現場の重労働はさぞかし大変だろう。時々は深呼吸もしたくなるだろう。「背筋そらせば」でもいいかも知れない。(水)

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雉鳩の間のびして鳴く野分あと     高井 百子

『合評会から』(番町喜楽会)

可升 台風の過ぎた後、雉鳩が鳴いている。それが「間延び」している、という。台風後の気分をよく表していると思います。
水兎 「雉鳩」は「デデッポーポー」と鳴くんですよね。どこでもよく鳴いていますよね。その鳴き声はそれでなくても間延びしているんですが、「野分あと」ならなおさらなんでしょう。よく合っていると思います。
而云 感じがいい句だと感心しました。台風が過ぎて、ほっとして静かな日常が戻る。そんな時にいつもの「雉鳩」が鳴いている。台風の後だからその声は、いつもより「間延び」して聞こえたんでしょうね。
          *       *       *
 「野分」は台風のこと。平成三十年は台風の当たり年で、気象庁まとめによると、これまでに本土にやって来た台風は18個と平成六年(94年)と並ぶ過去最多だそうである。各地に大被害をもたらしたのだが、この句は「とにかく台風が去った」という気分を実によく表している。恐らく家の近くにキジバトが来たのだろう。それをすかさず詠み込んだのが素晴らしい。(水)

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