NPO法人双牛舎

俳句の普及・振興を目指すNPO法人です

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億劫が先立つ齢百日紅     久保田 操

『季のことば』

 百日紅は晩夏の季語、つまり七月のものとされているが、六月末頃から九月までずっと咲いている。だからこそ「百日紅」という名前が付けられたのだろう。しかし、百日紅と書いて「さるすべり」と読ませるのは全くおかしい。インド原産のこの樹木が中国経由でわが国に伝えられた時、百日も赤く咲き続けるということで「百日紅」とされたのだが、木肌がつるつるして猿も滑っちゃいそうだと、「さるすべり」とも呼ばれ、いつの間にかこの別名の方が通りがよくなって、本名の百日紅の字はそのままに、そう読むことになってしまったらしい。
 百日紅が真っ青な夏空をバックに咲いているところはとても美しいが、喘ぎつつ上る坂道などで見るとうんざりすることがある。むんむんぎらぎらの舗道に濃いピンクの花が散らばったところなど、どうしようもない暑苦しさを感じる。節くれ立ち、曲がった木の先の方に緑の葉をつけ、その先に毒々しいほどの桃紅色の花びらが固まっている。一見枯木みたいなのに、実に強い。ついつい「私しゃそんなに頑張れないよ」と愚痴が出てしまう。この句はそんな感じを如実に詠んでくれた。(水)

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網戸新調夕べの風を待ちにけり      山口 斗詩子

『この一句』

なにか新しいものを手にするとわくわくする。たとえばその昔、初めてレコードプレーヤーを買ってもらった時、わくわくしてたった一枚のシングル盤を繰り返し聴いていた。
 この作者が手に入れたものは新しい網戸である。けっして初めてのものではない。それでも新調したことでわくわくする思いはあり、早く日が暮れて風が吹いてくれないかなと待ち望む。若い頃に手に入れた初物のもたらすわくわく感とは異なり、作者が新調された網戸から得たわくわく感には、老境の枯れた趣があるような気がする。いずれにせよ、日々の暮らしの中のささやかな幸せである。
この句は、上五が字余りになるのを恐れず、「網戸新調」と漢字四文字できっぱり言い切ってしまったところが素晴らしいと思った。そのことのもたらすある種の潔さが、後に続く「夕べの風を待ちにけり」の静謐な心境を引き立てているように思えた。うまく表現できないが、「網戸新調」のティンパニーの後に、「夕べの風を待ちにけり」の弦楽合奏を聴くような気分で読んだ。(可)

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夏燕奔放に切る蒼い空     工藤 静舟

『合評会から』(酔吟会)

操 爽やかさが伝わってきます。夏の空を奔放に飛ぶ燕の姿が目に浮かびます。
睦子 餌を探しているのでしょうか。青空の下の燕のスピード感と、喜びさえ感じます。それにしてもよくぶつからないもんですね、燕同士。(笑)
反平 「蒼い空」が月並みのような感じがしますが、燕が「奔放に切る」という措辞がいいですね。うちは、七階なんですが、ちょうどいま燕が空を飛び交っているのをよく見ます。
          *       *       *
 夏燕の勢いの良さを歌い、気持が良い。ただ、燕は「奔放に」青空を切っているのか、あれでも一定の飛翔経路を計算づくで舞っているのか。そんなことを考えると、「奔放に」で良いのかなとも思ってしまう。
 人間が自然界の生き物を見て、人間の動きから類推して決めつけるような詠み方をすると、独りよがりの句になる危険がある。常に、このあたりを注意することが必要だと思うのだが、やっぱり夏燕には自由奔放が合っているような気分になってくる。(水)

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むきだしの命漂ふ水母かな     廣田 可升

『季のことば』

 選句表でこの句を見た時、「むきだしの命」の表現に心をぎゅっと掴まれた思いがした。透明な丸い体を揺らし海中を漂う水母の姿から、命の切なさが伝わってくる。
 水母は夏場にたくさん発生し、海岸でよく見られることから夏の季語となっている。砂浜に打ち上げられた水母を見たり、海水浴で刺された経験のある人も少なくないだろう。世界には三千種、日本には二百種類が生息するとされるが、その生態はよく分かっていない。水中をゆらゆらと浮遊する姿に「見ているだけで癒される」と家で飼う人もいるという。山形県の加茂水族館は数十種の水母を展示し、人気を集めている。
 掲句は、透明なゼラチン質の水母を「むき出しの命」という本質を捉えた言葉で表現する。体を護る鱗や殻を持たず、まさに命そのものが泳いでいると見たのだろう。地球上の全ての生き物は海から発祥したとされる。夏の海に漂う水母から、あえかな生命を感じる作者の感性は、人類の遥かな記憶に繋がっているのかも知れない。(迷)

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メイン変え一手違えば蟻地獄     石丸 雅博

『おかめはちもく』

 「メイン」とは何だろうか。私には全く分からなかった。作者に聞くと「メインバンクのこと」だという。企業経営の上でメインバンクを変えたら、会社はどうなるだろうか、一つ間違えれば、という状況を詠んでいるのだ。ビジネスマンなら「メイン」と言えばすぐに分かるそうだが・・・。
 問題がさらに一つ。蟻地獄(夏の季語)はウスバカゲロウの幼虫である。体調は1造曚鼻砂地にすり鉢状の穴を掘って潜み、蟻が落ちてくると巣に引きずり込んで食べてしまう。しかし、経営を誤って蟻地獄へ落ちるというのは比喩であって、小さな昆虫を詠んだことにはならない。
 さて、この句をどう直すか。字余りになるが、まず「メインバンク」としよう。次に「変えてしまうか」と続け、下五に「蟻地獄」と置く。句は「蟻地獄」の前で切れ、二つの概念を対比させる「二句一章」の詠み方になる。即ち、経営上の悩みを抱えた経営者が蟻地獄を眺めているのだ。(恂)
  「添削例」   メインバンク変えてしまうか蟻地獄

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