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           森繁久彌 氏 「 心を高く悟りて俗に還る 」、より
 
 
 
 
  俳優の 森繁久彌氏は、 「 私は 熱心な 仏教信者でもありませんが ・・・ 」、
 
と 記しながら、青年漁師との交流と エピソードを紹介しています。
 
 
 あるとき 森繁久彌氏は 趣味のヨットを 静岡県西伊豆の戸田 ( へた ) 港に入れ、
 
地元の青年漁師と知り合いました。 夜、たずねてきた青年と酒を くみかわすうちに
 
青年が、「 森繁さん、マリアナの大惨事を ご存知ですか。」、と 話しはじめました。
 
 
 ―― 北西太平洋の マリアナ沖の漁場は 魚の宝庫です。 戸田港の漁師たちは
 
台風が それるという天気予報を信じて、マリアナ沖で操業中でした。
 
しかし 天気予報がはずれて 台風に襲われ、あっという間に 百数十艘の漁船の
 
四分の三ほどが転覆し、当時十六歳の青年も 海に放り出されました。
 
 気がつくと 木切れにつかまっていました。  逆巻く波が押し寄せ、木切れとともに
 
二十メートルも 体が持ち上がったかと思うと、一気に波の底に落ちてゆきます。
 
木切れだけは放すまいと、必死に抱きかかえていました。    一昼夜がすぎ、
 
 「 もう限界だ。」
 
と 眠りかけたとき、船が視野に入り、救助されました。  デッキで二時間ほど眠り、
 
目が覚めてみると、デッキは海から引き揚げられた死体でいっぱいです。 青年は、
 
 「 ない ! 木切れが ない ! 」、
 
と気づき、船長のところに飛んで行って、聞きました。
 
 「 オレが つかまっていた木切れは、どうなったでしょうか ? 」、
 
 「 木切れ ? そんなもん知らん。 お前、助かっただけでも喜べ。 太平洋の
 
  ド真ん中で、木切れが見つかるわけがないだろ。 無理だ。  この馬鹿者。」、
 
と 取り合ってくれません。  ―― 三時間、四時間と 必死に頼み続けました。
 
船長は 青年の目をのぞいて、
 
 「 ・・・・・  よし、わかった。 引き返してやろう 。 」
 
と言って、青年が救助された地点に 船が戻ったとき、
 
 「 おい、お前の気の済むまで探せ。」、
 
と 船のサーチライトを点けてくれました。 夜の海面に光りが走ります。 船長と青年
 
は波間を凝視しました。  三十分、四十分とサーチライトの光が海を照らし出します。
 
そのとき、波間に ピカッと光るものがありました。   即座に船長は、
 
 「 船を回せ ! 」、
 
と指示を出し、船は光を帯びたものへ近づいていきました。 青年と船長は同時に、
 
 「 筏 ( いかだ ) だ  !! 」、
 
と 叫んでいました ・・・・・ 。
 
 
 ―― 青年は 盃を手に、遠くを見つめながら、
 
 「 森繁さん、木切れは見つからなかったけれども、筏には 息も絶えだえの六人の
 
  漁師が乗っていました。 ボクは、仏さまが存在するということを認めますよ。」
 
と 話し終わりました。
 
 
 
 森繁久彌氏は、青年漁師の体験談を紹介したあと、
 
 「 自分を救ってくれた 木切れに執着したところに、青年の想念や 思念を、
 
  超越したものがあります。  これは理屈ではありません。」、
 
と 述懐しています。
 
 
 
                     森繁久彌 氏 「 心を高く悟りて俗に還る 」、より
 
 
 
 
 
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