逆説の胴体力(重心力) 2 重心集約力は 筋力ではない

胴体力は 身体運動の 「読み」「書き」「そろばん」です

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今日は、山本玄峰老師の、命日です。



本は、下記
http://www.daihorin-ka


写真は こちら。
http://images.google.co.jp/imgres?imgurl=http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/senjin/img/10.jpg&imgrefurl=http://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/000200/senjin/yamamoto.html&h=1471&w=945&sz=589&hl=ja&start=1&um=1&tbnid=SCU9J4nWEM3vGM:&tbnh=150&tbnw=96&preku.com/books/1186-X.htm


言葉よりも、上記の写真だけで、十分でしょう。

ただ、言葉もあったほうが便利なんで、私が一番好きな エピソードを引用します



九十の翁 と 七十の  宮崎白蓮


三島の伯日荘という温泉宿に宿っていた時のことでした。

この宿の主婦は、私の歌の弟子で、いつでも来てくれ、と娘のように言ってくれるので、

ちょうど左手の神経痛で、困っていた時でもあったし、それに温泉宿といっても、ここは淋しい田舎、

三島駅から車で15分くらいのところなのに、それはひどい田舎で、田と畑と、
小さいお寺が近所にあるだけ、神経痛に効く温泉というのも、湧き出たときは冷泉で、
燃料を持って沸かす湯なのである。

それが醤油のようなので、かえって、なるほど神経痛によく効くのかな、と思わせられる。

私の行ったとき、隣室に山本玄峰老師が来ておいでになった。

宿の主婦みちよさん曰く、老師様はこの汚い粗末な家が好きで、もっと立派な熱海温泉の方から
昨夜も電話がかかってきて、老師様をお迎えしたい、自動車で持って伺うから、と 
言ってきたのですよ、それを老師様はお断りになった様子です、と、うれしそうだった。

朝早くお風呂に入ると湯気と薄暗いのとでわからなかったが、誰か一人の先客が入っている様子。

近づいてみると、何とそれは玄峰老師。ビックリした。
田舎の粗末な温泉宿によくある風呂は、男女混浴のものであった。

朝早いせいかまだ誰も入っていない二人きり。考えてみると、

こちらは70歳 先方様は90のおきな、恥ずかしがるお互いでもないので失礼の段は
ゴメンこうむるとして、落ち着き払って お湯に浸っていた。

幸いなことにお湯は透明でないから、この貧弱な裸体は少しも相手に見えない。

まったく幼児のような老師様のお顔がいかにも楽しそうなので、
私のほうでものんびりとなり、友達のような気安さで、

「ねえ、老師様、私はあの 無門関 というのがとてもむずかしくて、われわれ共の手に
負えないものだとアタマから決めておりました。

老師様の 無門関 を拝見して、やっとわかりました。本当に勉強になりました。
ありがとうございます」と、申し上げたところ、

「あんなものみな嘘じゃよ」

私はビックリ仰天して、「へえ、それはまたどういうわけなのです?」とおたずねしたら、

老師様、きょとんとした態度で、
「禅というものはな、書いたり、聴いたり、読んだりするものではないのじゃ」

「アラ、そんなら、どうするものなのですか?」
「心 と 心 じゃわいな」

私は頭をこつんと、どやされたような気がして、思わず、お湯を老師の頭からぶっ掛けた。

するとまあ、憎らしい坊様!
「おお、そうか、わるかったかい?」

何をぬけぬけとこの坊さん!

翌日はまた、このお湯の中の喧嘩だ。
「あんた 女という字、しっとるか?」

うっかりその手に乗るものか!と、

「いいえ、存じませんのよ!老師様、女とは、どう書きますのでございましょうか?」

「教えてやろうか?女 という字はな こうしてこうやって、こう書くのじゃよ」

老師は 指先で 空に、女 という字を書いてみせる 

「それ、一本一本みんな曲んでいるな」

「あら!また!」

私は悔しくてしょうがないので、やけにぽちゃぽちゃとお湯を引っ掻き回して大波を起こした

昔、アダムとイブは、神様にしかられて、エデンの園を追われるまで、裸であることに
気もつかなかった。

それが平和な楽園を出て始めて、自分の裸であることが恥ずかしくなり、

何か身にまとって裸体を隠した、という話が、ヤソ教の聖書に出ている

この温泉の風呂の中では、二人きりであり、男女であることすら忘れるのは、老師が余りに
童心であるから、であろう




もう一つは



人間は早く出世することを考えてはならん。

若い時にはなるべく人の元で働き、人を助け、人のために働かなければならん。

花も葉もない寒中に、木の根に肥料をやっておくように、人生は何よりも根肥えが大切なのじゃ

四十、より 五十、五十よりも六十 と、年をとるに従って、人に慕われ、人を教えていくような

人間になれなければならん。それが為には出世を急がず、徳と智慧と力を 養っておくことじゃ






山本玄峰老師 に 乾杯!

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山本玄峰老師、このお方は人間と仏の間ぐらいにおられる方です。
私25年程前から田中清玄氏の関係で存じ上げております。
湯ノ峰の岡本さん宅、あずま屋の玉置さん、新宮の尾崎作次郎さん、全生庵の平井玄恭禅師、雪渓寺をお尋ねいたしましたが、龍択寺だけ訪れていません。老師が龍択寺に入山されたのが50歳と伺っております。来年私も50歳になりますので必ずやお参りさせて頂ければと思っております。

2008/5/11(日) 午後 5:25 [ cfa*j30* ]

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