|
久々に、文学書庫を更新します
>
女性ばかりの外人団体客と、ホテルの食堂で一緒になったことがある
アメリカ人だったか、日本で言えば何年も積み立てをして、憧れの日本旅行といった感じだった。
ほとんどが中年、老年の女性で、車椅子の老婦人も 2,3人混じっていた
朝から満艦飾に着飾った30人ほどの集団が強い香料を撒き散らし、大食堂の中央に陣取り、
はしゃぎながら食事をする光景は中々の壮観であった
私が一番ビックリしたのは、彼女達がタマゴ料理を注文したときであった。
ボーイが注文伝票を持ち、ひとりひとり聞いて歩く。満艦飾の方々は、ボーイの目をひたと見つめ、
はっきりした語調で
「ポーチド・エッグ」「プレーン・オムレツ」「私はボイルド・エッグ。一分半でお願い」
ゆで卵の人は 「時間まで」 はっきり指摘する。
隣の人と同じでいいわ、などという人は一人も居ないように見えた。
対したもんだなあ、これが外国式というのか、と、当時、まだ海外旅行の経験がなかった事も手伝って
私は感心して眺めていた。
だが、それそれ注文したタマゴ料理が出てきたとき、私はもっと感心した
「これは私の注文したものではない」と言って、
二人の老婦人が、差し出された更をボーイに突っ返したからである。その1人は車椅子の人であった
わたしは同じ年恰好の母や、生きていた頃の祖母のことを考えてみた
昔の物堅いうちの女たちはめったに外食という事をしなかったが、それでも年に何度かは、
家族そろって、
そばや、うなぎ屋の暖簾をくぐる事があった。
母や祖母は、こういう場合、大概 注文をひとつのものにまとめるようにしていた。
「おばあちゃん、親子(ドンブリ)ですか、それじゃあ あたしもそうしましょう」
母は子供たちを見回して、「おまえ達も親子でいいね?」
一応聞いてはくれるが、その声音はそうしなさい、といっていた。
店の人に忙しい思いをさせてはいけない というものと、子供達に高いものを注文されまい、と
いうものがあったような気がする。
覚えているのは、鰻丼を頼んだのに、うな重がきてしまったときであった。
母と祖母は一瞬、実に当惑したような顔をしていたが、目配せしあって、
そのままテーブルに並べさせた。
「いい事にしましょうよ、おばあちゃん。」
母が言うと、祖母も
「その分、あとで埋めりゃあ、いいね」
と忍び笑いをして、「騒ぐとみっともないからね」と、付け加えた。
数えるほどだが、外国を回ってみて、西欧の女たちが、料理の注文ひとつにも、
実にはっきりと自己主張をするのを、目の当たりに見てきた
正しいことだし、立派な態度だ、と、いつも感心する。
見習わなくてはいけない、と感心しながら、私はなかなか出来ないで居る
たかが ひとかたけの食事ぐらい、固いゆで卵を食べ様が、オムレツを食べようが、
おなかに入ってしまえば同じ玉じゃないか、というところがある
注文を間違ってもらったおかげで、私はモロッコで、
食べた事も無いふしぎなネギのようなサラダを食べる事も出来た
人様の前で、みっともない、というのは、確かに見栄でも有るが 含羞でもある。
恥じらい、慎み、他人への思いやり。
いや、それだけではないもっと何かが、こういう行動の陰に隠れているような気がしてならない
人前で者を食べる事に恥ずかしさ。内で食べればもっと安く済むのに、と、言う後ろめたさ
ひいては女に生まれた事の決まりの悪さ。
ほんの一滴二滴だがこういう小さなものが混じっているような気がする。
もっと気張って言えば、生きることの畏れ、というか。
ウーマン・リブの方たちから見れば、風上にも置けないとお叱りを受けそうだが、私は
日本の女のこういうところが嫌いではない。
生きる権利や主張は、こういう上に花が咲くといいなあ、と、私は考える事がある
> 引用終了
他のエッセイで「壊れた」と「壊した」の違いで、お父さんからひっぱたかれた話や
「あ、うん」の 仙吉と門倉のやり取りも好きですが、
上記のエッセイが 私は好きです、、
|