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15年以上前、中学校の焼却炉にて、Y先生はプラスチック系のゴミでもなんでも分別せずに、
何のためらいもなくバンバン燃やしてました!
今考えるとムチャクチャです。恐ろしいです。焼却炉前にずっといたY先生や焼却炉近くにいた
生徒たちは、有害ガスをどっぷりと吸い込んでいたかもしれません!
・・・でも、当時はダイオキシンだとか環境ホルモンだとかいう言葉、概念自体が一般には
知られていなかったのだから、僕にはY先生の行為を非難することはできません。
もちろん、だからと言ってY先生の焼却行為が「全面的に正しかった」ということにはなりませんよ。
しかし、当時のもろもろの状況下では、「仕方なかった」としか言えないんじゃないでしょうか?
ただ、この「仕方なかった」という言葉が大いに誤解を招くんですよねぇ…。
まるで、「間違ってなかった」「正しかった」と言っているようにとられてしまいがちですから。
「間違っていたんだから罪を償うべき!」か、「責任は問えないんだから間違っていなかった、正しかった!」
…の二択で考えるのは単純過ぎます。
「今から考えれば大間違い! でも、当時の状況下では仕方なかったので責任を問えない」という、
グレーゾーンがありえると思います。すぐ「白か黒か」という話にしたがる人が多いようですが。
しかし! ここで重要なことは、その理屈を拡大して、「やってしまったんだから仕方ない」と、
なんでもアリにしてはダメ! ということです。
だから、もしもY先生が意図的に生徒に硫酸をぶっかけたり、メスシリンダーで眼球をグリグリしたり
してたら、これはアウトです。当時の基準で考えても完全アウト! そういうことももちろんあります。
また、こういう悪いことをしていたヤツは、こんな悪いこともしていたに違いないという決め付けは
ダメで、あくまで「個別に」、「事例ごとに」、しかも「当時の価値観を基軸に」判断しなければ
ならないはずです。
…ということで本日は、「Y先生・焼却炉問題」について、長々と語らせてもらいました。
因みにY先生は今月で定年だそうです。長い間お疲れさまでした! 有毒ガスが時間差で効いてこない
ことを切に願います。
なお、本日の写真はそんな有毒ガス焼却炉時代のきくりん少年です。なんか生意気そうに見えるのは、
当時の思春期の状況下では「仕方なかった」ので、お許しください。
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