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瑞芳から、バスで九份に向いました。
先ずは、バス停からの眺めです。看板には、九份代天府と書いてありますが、何でしょう?
台湾で大ヒットした映画「非情城市」の舞台になったとのことである。
九份の基山街の入り口です。
赤ちょうちんがづ〜と続きます。
貝とイカですかね。
お茶屋さんでしょうか、
九份の有名なアングルです。
もともとは何もない台湾の一寒村に過ぎなかったが、19世紀末に金鉱が発見されたことで徐々に町が発展し、日本統治時代に町としての最盛期を迎えた。その後70年代に金鉱が閉山されてからは急速に衰退し、一時は人々からも忘れられた町となっていたが、80年代末に侯孝賢監督がここを映画「悲情城市」のロケに使ったことで再び町として脚光を浴びるようになった。
現在では映画のロケに使われた街路を中心に「悲情城市」の名前を付けたレトロ調で洒落た喫茶店やみやげ物屋などが次々に建ち並ぶなど、かつての金鉱の町から観光地へとその姿を変えており、台北などの大都市から比較的手軽に遊びに行ける観光地として、週末を中心に多くの人々で賑わっている。映画のシーンからもわかるとおり九份の街並みは日本統治時代の面影を色濃くとどめた、全体としてレトロ調な街並みであり、当時の酒家(料理店)などの建物も多数残されている(ただしその多くは現在喫茶店などに改装されているようだ)。
日本では宮崎駿監督のアニメ映画「千と千尋の神隠し」のモデルになった街として紹介されることが多いが、スタジオジブリが公認しているわけではない。 |
旅:アジア



