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4月30日 この日はアンコールワット見学の日である。どういうわけか、夜が明けないうちから目が醒めた。
体調は、さすがに暖かい(暑い)せいか、かなり回復しつつある。
ホテルのレストランに、朝食を食べようと出掛けた。そこで、気になったのは例の魚醤の臭いである。私は、あの臭いはどうも苦手である。パブロフの犬ではないが、あの臭いを嗅ぐと、必ず吐き気を催すのである。
そんな中、いつも通りコンチネンタルブレックファーストの朝食を食べ、出発の準備をした。そうこうしているうちに、ガイドさんがホテルに迎えに来て、最初の観光地バンテアイ・スレイの見学に出掛けた。
バスは、シャムリアップのホテルでツアー客をピックアップしながら、先ずは、アンコールワットの遺跡群に入場するための許可証を作成しにいった。どうやら、3日券で40$ということである。バスをおり、顔写真を撮られ、そしてそのうち紙っぺらの許可証が出来てきた。
そして、バスで1時間かかるバンテアイ・スレイの遺跡に向かった。道は、ベトナムほど埃っぽくなかった。道路は、バスが一台やっと通れる幅の道路で、道路脇には、民家があるが、どうやら電気ガスさらに水道もなく自給自足の生活をしている様である。日本では考えられない生活である。
1時間バスで走り、バンテアイ・スレイ遺跡に到着した。途中ですれ違う車は、殆どランドクルーザーか若しくはトゥクトゥクだった。到着し、バスから降りると、その暑さと日差しの強さに辟易した。兎に角、すぐ歩くと唯々諾々ならぬ、汗ダクダクになるのであるし、あまりの暑さに目がクラクラする。
このバンテアイ・スレイ遺跡は、10世紀後半に建立された「女の砦」を意味する小さな寺院である。砂岩と赤土を用いて建立されているため全体に赤い。兎も角暑かった。ここをこ一時間見学した。500mlのペットボトルの水があっと言う間に無くなった。
その後、行き来た道を戻り、土産物店に立ち寄りそしてレストランでバイキング方式の昼食を食べた。特に、土産物店では何も購入しなかったが、ベトナム同様カンボジアもUS$で充分であることが分かった。
ここ数日体調が悪く、鼻水が飛行機に乗っているときに気圧の関係で逆流し耳炎を起こしていた。そこで、ツアーの中にお医者さんが居たので、抗生物質を頂いた。その方後で知るのであるが、私の地方選出の衆議院議員の山尾しおりさんのお父さんだった。抗生物質を頂き、ありがとうございました。
その後、バスでホテルに、午後のアンコールワット見学は16:40分からである。約2時間の休憩がある。それは、非常に嬉しい。ホテルに戻ると、まずはシャワーを浴び、その後ベットで16:30まで爆睡した。目を覚ますと、16:30で約1時間30分爆睡していたことになる。
16:40にいよいよ、ヒンドゥ教と仏教が融合した世界遺産でもあるアンコールワットに出掛けた。私の中のイメージでは、もっと大きなものと思ったが、イメージよりは小さかった。が。これが800年以上前に建立したというのは、驚きである。
サンスクリット語でアンコールは王都、クメール語でワットは寺院を意味する。大伽藍と美しい彫刻からクメール建築の傑作と称えられ、カンボジア国旗の中央にも同国の象徴として描かれている。 主に砂岩とラテライトで築かれ、西を正面とする。 寺院は付近の製鉄技術を活用している。 境内は東西1,500メートル、南北1,300メートル、幅200メートルの濠で囲まれている。 神聖な場所を飾る為、回廊は精緻な浮き彫りで埋め尽くされている。西からの参道は、石橋で環濠を渡って進む。石橋はかつて乳海攪拌の様子を描いた蛇神ナーガの欄干で縁取られていたというが、今は堀に落ちており見られない。中程には石段の船津が備えられている。橋を渡り終えると周壁と西大門へ至る。周壁は東西1030メートル、南北840メートルでラテライトにより築かれている。西大門は南北230メートル程で、三塔を戴き、中央に王の門と左右に二つの門が開く。更に南北には階段が無く象が通れる象門を二つ備える。王の門の左右は七つの頭を持つ蛇神ナーガが護っており、付近の堀は石段の船津を備え、ラテライトの壁で護られている。西大門を抜けると、大蛇の欄干に縁取られた参道を通り前庭を進む。前庭は南北にそれぞれ経蔵と聖池があり、参道から外れると聖池はその水面に堂宇を映し出す。また北には、今もここで仏に祈りを捧げる僧侶らの為に、僧坊が近年になって建てられた。前庭を越えると三重の回廊に囲まれ五つの祠堂がそびえる。(出典:ウィキペディア)。五つの祠堂には、希望者は登ることができたが、その階段は、かなり急であった。女の子の中には、「行きはよいよい、帰りは怖い。怖いながらもとうりゃんせ。とうりゃんせ。」と登ったのは良いが、怖くて泣きながら降りてくる子もいた。
ガイドさんが、色々と説明していると最後に猿が出てきた。このことで、ここはジャングルの中であることを実感した。そして、夕日を見るために、近くの山に出掛け夕日を見た。
夕日が沈んだ後、シャムリアップに戻り、アプサラダンスを見ながら夕食を食べた。このダンスを踊っていた女性の顔は、辺見エミリのお母さん(西郷輝彦の奥さん)の辺見マリに良く似た人だった。
民族舞踊の後、直ぐにバスに乗り込み昨日の同じホテルである宿泊先に戻った。
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