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さすらい旅の途中
旅の途中の兄弟ブログです。「さすらい旅の途中」は休止です。

書庫ずぼら徒然日記

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 昨日、妻と見に行った映画は、「永遠の0」だった。二人で100歳以上だと夫婦で1000円なのである。
 私は、当初、47RONINを見ることを主張したが、妻と小生の関係は、日米関係いやいや日韓関係の如くであるため私の主張は却下され妻が見たい「永遠の0」を見ることになった。
 妻はそれなりに映画を評価していたが、私はごくありふれた邦画の様な気がした。なぜなら、私の様なじじいにとってみれば出てくる話(例えば、真珠湾攻撃、ミッドウエー海戦、ガダルカナル島・・・)は全て昔に聞いたことがある。
 そういう面では、史実に忠実に描かれた戦争映画である。
 確かに、現在の平和な日本国家は、嘗て戦地に赴いた人たちの犠牲の上になりたっているということも忘れてはならない事実である。
 だからこそ、この映画は私たちじじいではなく、若い人たちに見てもらいたい。 ところでこの主人公、岡田准一演じる宮部久蔵という人物は自分の父と同じ年代である。
 旅の途中の祖父母は、3人兄弟のうち次男を病気で亡くしたため、実父は三男である。
 上記の様な出来事で私の祖父母は子供の死というのが如何に悲しいものかを身をもって体験したためか、子供たちを戦争に行かせない様に腐心したという。
 そのためか、祖父母は金が無いのに長男も三男も大学に進学させて赤紙が来ない様にしたという。しかし、確かにこのまま戦争が続いていたら、学徒出陣もあったかもであるが・・・。
 そんなことを思いながら鑑賞していた。
 そして、主人公の言った言葉、「死ぬのは怖くない。ただ、家族の将来が壊れるのが怖い(こんな様な内容だったと思うが・・・。)」が印象的だった。自分ならどちらも怖いと思うのであるが・・・。そして、エンディングの曲のサザンの蛍が映画に合致して良かった。
 そして、現実にこの様な人が存在した(ノンフィクション)ということが、私のとっては今回唯一の感動だったのかもしれない。
  
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 【あらすじ】
百田尚樹の同名ベストセラー小説を、「V6」の岡田准一主演、「ALWAYS 三丁目の夕日」シリーズを手がけてきた山崎貴監督のメガホンで映画化。司法試験に落ち続け、人生の目標を失いかけた青年・佐伯健太郎と、フリーライターの姉・慶子は、実の祖父だと思っていた賢一郎とは血のつながりがなく、本当の祖父は太平洋戦争で特攻により戦死した宮部久蔵という人物であることを知る。久蔵について調べ始めた2人は、祖父が凄腕のパイロットであり、生きることに強く執着した人物であったことを知る。そんな祖父がなぜ特攻に志願したのか。元戦友たちの証言から祖父の実像が明らかになっていき、やがて戦後60年にわたり封印されてきた驚きの事実にたどり着く。健太郎を三浦春馬、久蔵の妻・松乃を井上真央が演じる。

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三丁目の夕日

 
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 映画のタイトルのパクリではない。事実、私は三丁目に住んでいる。一昨日自宅近くから見た夕日、空が澄んでいて無性に写真を撮影したくなった。
 日本中、どこにでもある風景である。
 この夕日を見ながら考えたことがあった。結婚して、この地に引っ越してきて25年も経過したかと・・・・。
 自分のサラリーマン人生は、競馬で言えば第四コーナーを回ったところ、マラソンで言えば、ゴールの競技場が見えてきたところだろうか。
 決して、平坦な人生ではなかったが、それなりに貯蓄も出来、息子も育った。そしてさらに今から、30年ぐらい前のことも思い出した。
 
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 それも、丁度年末で 名古屋栄のセントラルパークから見た夕日だった。実家から、ここまで写真を撮影しながら歩いてきたのだと思う。
 あの頃は、結婚もしておらず、自分の将来がこれからどうなるのだろうかと漠然と不安だった。結婚して、子供が出来てもその子が果たしてまっとうにそだつのだろうかとかこれから生き抜かなければならないことに対する漠然とした不安だったと思う。
 大きな人生の荒波を乗り切り30年前のあの不安は、解消されていることを悟った。
 

もの足りない冬休み

 
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 今年の冬休みも、どこへも行けない冬休みである。思えば、中学、高校時代、いえいえ小学校の高学年頃からず〜と正月はどこか海外やどこか旅して過ごしていたこともあり、この時期どこも行けないとなると、旅の途中にとってはかなりもの足りない。
 
 昨年は、旅行二日前に尿路結石で旅行をキャンセルせざるを得ず、今年は親父が重病であることで、二年連続で旅行に行けないのである。
 それにしても、年末とはなんて、つまらない番組が多いことやら・・・。
 考えてみれば、旅の途中から旅をとったら何も残らない。大学時代は、フォトジャーナリストみたいな職業にしたいと思っていたが、それも両親に反対されエンジニアに・・・・。
 エンジニアといっても、はっきり言って技術系サラリーマンである。
 まあ、生活の安定性からみるとやはりこの職業なのだろうがそれにしても、自分の奥底にあるものが疼くのである。
 さて、昨日は父親を見舞い、母親の手伝いで車があるときにしかできない灯油の購入や、実家の照明器具の交換なんかをやってきた。
 息子が急遽帰名することになった。理由は、高校時代の友人と名古屋で会うことになったからだそうだ。
 「寂しいから、親の元に帰りたい。」とかを期待していたが、全くそういうことは無い様だ。
 
 最後に掲載している写真は、実家から戻るときに全線開通した最後の名古屋高速の東海線に写真である。まだがらがらである。
 職場での昼休み、ニッセイレディーの女の子が生命保険の売り込みに来ていたが、そこで目ざとく見つけたのがこの卓上型カレンダーである。
 先日、小生が同じ場所で写真を撮影した場所で、綾瀬はるかさんが写真を撮影しているではないか。
 となると私のフォトグラファーとしての資質もまんざらではないか?
 
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共に、鶴ヶ城
 
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新島 八重像
 
 
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綾瀬さんのバックの景色は、実はこの景色である。会津鶴ヶ城廊下橋から。

このところの出来事

 私の勤務する会社が、12月15日仙台で開催されたクイーンズ駅伝で1位になった。本日、会社の中で祝勝会が開催された。
 何はともあれ、あのQちゃんや有森選手の育てた小出監督率いるユニバーサルエンターテイメントに勝利したのは値千金。
 それに思ったのは、超一流と一流の差はそんなに大きな差がない(ただ、その差を埋めるのはかなりの力量が要る)。なぜなら、優勝した中に、全日本代表になった選手は浅羽選手ただひとりだけだから・・。
  そこで、パチリ!
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 12月16日は、長野へ出張。長野といっても、八ヶ岳の麓である。この日の八ヶ岳はいままで自分が見た中で一番綺麗だった。
 中学生の頃、八ヶ岳山麓の小海線にSLを撮影しに行ったりしていたが、こんなに空気が澄んで綺麗に見えたのは初めてだっta.
  小海線にSLが走行している時にこの風景に出会えていれば、最高の傑作が撮影できなのにと思う。
 写真は、出張で訪れた会社の敷地から・・・。
 
イメージ 2
途中、雄大な風景の場所があり車を止めて写真を撮影したかったが、仕事の同僚と一緒だったのでそれが出来ずに残念。

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