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大善寺略縁起 南路志によれば、大善寺は八幡山明星院大善寺といい、和州長谷寺小池坊の末寺で弘法大師が開いたという。本尊は阿弥陀如来(現在不明)で恵信作、宝永四年(1707)の大変までは須崎町古市町にあり、八幡神社の別当寺として寺運を続けていたが、津波に流されたため、古城山のふもとに移つたものらしい。 後に明治の廃仏毀釈により廃寺(明治二十七年)となり、明治二十九年(1896)大師の霊跡を惜しむ里人の手で再興され現在地に移転し寺の再建を計って今日に至っている。昔は末寺もたくさんあったようで寺地境内は六反十二畝三歩寺は三間に二十四間だったという記録がある。 |
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