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さてさて、話を根源に戻ってみましょうか?
日本は核武装できるのか?
そう聞かれれば、「技術的には可能かもしれない」という答えになります。
ただ、では本当に日本が核武装できるかというと「現状では間違いなく不可能」ということになってしまいます。
まず問題になるのが、政治決断の問題ですが、それは行なえないと考えるのが適当ではないでしょうか?
これまで「平和という名の綺麗事」を言い続けてきた多くの日本人が、現実の問題に目を向け、目を背けることなく解決に努力すると思いますか?
間違いなく、そのような努力はどこかで放棄されます。
まず第一には、事実かどうかの確認もなく「日米関係が悪化する」と信じ込んで、まったく米国に自分の自己主張を控えることにより確実に「核武装の時期」を逃す人たち。
第二に、日本独自の防衛のみに特化して、外交関係を後回しにしている人たち。
彼らは、日米関係についての考察を後回しにしており、結局、「日米関係悪化」を叫ぶ人たちに対しての反論が後手に回る。当然、そのような状態では支持を得ることは難しい。
第三に、GHQ思想や平和の甘美な言葉にどっぷり浸かって、「日本の防衛」に対して思考停止してしまう人たち。
彼らにとって軍事はアンタッチャブルな世界。
第四に、そもそも日本が今後とも独立であることを疑い、中国に併合されると考えている人たち。
彼らにとって重要なことは、中国のご機嫌を伺うこと。日本が独立を維持したり、他の国と同盟を結ぶことを嫌う。
まあ、日本にいるのはそういう人が大勢ですね。
そして、第五に、基礎知識や考察を全く行なわない感情論で「核武装を唱え」周りをより非核に引き込んでしまう人たち。
彼らは、自分達が周りを非核に引きずり込んでいるとは思ってないでしょうが、彼らの強硬論は、周りへの説得力より恐怖心をより振りまいている。ただ、中には「核議論」と言いながら、核武装を否定したり、悲観させるために意図して「空虚な核武装論」を語る人もいる。
これらの現状を考えれば、今、一番多い「日米関係悪化」論や、「空虚な核武装論」が、その多くを占め、真に核議論をしようという人はどこまでいるのか?
まず問題なのはそこになります。
まずやらなければならないのは、核議論を真に行う気があるかどうかであり、その考え方が、どこまで現実的かではないかと思います。
そう考えれば、日本における識者と呼べる、政治家、評論家、軍事アナリストなどを見通して、どれだけに人物が、具体的な核武装論を持ち、それを公言し、説得力のある説明を行なえる能力があるのか?そして、「核の無い平和な世界」に抗しきれるような意見、あるいは、論破できる意見をどれほどの人物が持っているのか?
そこまで考えれば、今の日本では、「核武装など不可能」と悲観する以外の結論は出てきません。
兵頭二十八氏も、単純明快な説得力のある書を出しているが、その中には、逆に読めば確実に現状の日本では核武装は不可能としか思えない内容が含まれているのも事実です。
日本の政治システムや政党は、核武装を行なえる状況か?
原潜開発や弾道ミサイル開発、あるいは核弾頭開発の能力がすべて揃っているとして、政治家がそれにGOサインを出し、そして、確実に配備に至るまで持って行けるのか?
残念ながら、現状の日本にそれは不可能というほかありません。
日本の内閣システムを眺めてみれば、1年あれば所管大臣である防衛相が変わってしまう。首相ですら、小泉氏のような長期政権になることもあるかと思えば、宇野、羽田両氏のような一か月や二か月程度で崩壊してしまう内閣もある。
このような内閣において、どのように意思決定が行なわれるのでしょうか?
日本の歴史上には院政や元老制度というものがある。連続した核の運用や、長期的な運用戦略を念頭に置いた古老政治家による「核の独占」が起こらない保障はあるのだろうか?
なにより、安定した政権が持続しない国に対して信頼感を持つ国はどれくらいあるだろうか? そして、倒閣運動のような事態に外国勢力の工作が入り込む余地を与えない保障は存在しないし、そうした不安感を常に日本が持ち続けているような状況で、本当に核が抑止力として確立されたといえるのでしょうか?
日本が核武装するには、まず、政治システムを各運用に耐えるものに改変し、政権担当可能な政党すべてが核の配備や運用に賛成であることが大前提です。
その前提が揃いもせずに核武装実行などありえません。
日本に原潜配備は可能か?
日本は、四方を海に囲まれており、秘匿性や生存性という観点から言えば潜水艦ほど有力な抑止力はない。
しかし、日本には足らないものがたくさんある。
まず、原潜の心臓部は何か?
単に原子炉と答えるのでは、正解とはいえません。
原潜の心臓部は、原子炉の冷却系です。
その冷却系の静粛性技術は日本に全く存在しません。
ただ単に原子炉の小型化が出来たのでは、原子力船舶は建造できても、現在日本が保有する静粛性の優れた通常動力潜水艦のような高性能艦の建造は不可能です。
日本の企業が、原潜の原子炉を製造した経験のある原子炉メーカーを買収したからといって、静粛性技術が日本に入ることはありません。
そして、原子炉には、もう一つの問題があります。
信頼性のある原子炉を作ることが出来ても燃料棒の寿命が短すぎると問題です。
原子力発電所ならば、巨大な施設なので、定期的に燃料棒の交換が可能ですが、船舶に搭載する場合、そう簡単にそのような作業は出来ません。
通常の船舶や水上艦ならば、まだ、そのための空間の確保も出来ますが、空母や潜水艦のように完全に艦上を塞がないと性能を発揮できない艦種では、頻繁な燃料棒交換は出来ません。
定期修理のように頻繁に燃料棒交換を行おうと思えば、新たに中型艦を1隻建造するくらいの費用と時間が掛かります。
現在、原子力艦艇はそうならないように高濃縮燃料棒を使用しています。
当然、そのような燃料棒を製造するためには核兵器製造と同じ施設が必要であり、核兵器とは違う特殊な制御技術も必要です。
いま、日本には本格的なウランの高濃縮施設もなければ、高濃縮ウランによる核爆発や炉心制御の技術はありません。
冷却系静粛化技術、高濃縮燃料棒、炉心制御技術という原潜の核となる技術を一から開発することになります。
せっかくある通常動力艦の技術を捨てて、原子炉技術に資金を投入して得られる利益と、現在の通常動力型潜水艦をより高性能化していくのと、どちらが費用対効果に優れているのか?
昨今の原子力潜水艦の費用高騰を考えれば、日本のようにもとから船価の高い国で、原子力潜水艦を新たに開発するとどのくらい掛かるのか・・・。費用の高騰は開発や配備の長期化を招きます。
単純に考えただけで、抑止力となるほどの配備が出来ないように思います。
それは、日本の抑止力そのものを弱体化させるだけで、失敗した場合のリスクばかりが高くなります。
そして、第二に。
弾道ミサイルについても、日本には大型の液体燃料ロケットや固形燃料ロケットの技術はあっても、それを能力をそのままに小型にまとめるようなノウハウはありません。当然、商用目的のために軍事用に求められる即応性など皆無です。
商用としてすら、打ちあげ数が少なく、米ロのような信頼性確保が出来ず、人員の宇宙への打ち上げが出来ません。
その程度の信頼性のロケット技術で核を飛ばそうと言う事自体が暴論です。
まず、有人打ち上げ機が作れるだけの信頼性を持ったロケット技術が必要で、その上で、軍事転用可能なように、小型化や整備性、即応性と言う、特殊なノウハウを蓄積しないといけません。
結局、原子炉同様、軍事用に使用するのに肝心な技術ノウハウが存在していないために、どうしても開発の長期化は避けられないという事実を物語っています。
つまり、 核兵器、もとい、核爆発装置をどんなに短期間で造り上げることが出来たとしても、その小型化が早期になされたとしても、全く兵器としては用をなさないお荷物にしかならないと言う事になります。
日本に必要な核抑止力
日本に必要な核抑止力とはどのようなものなのか。
戦略原潜配備による核抑止システムは、その秘匿性、生存性から報復システムとして最も有効であるといわれています。
ただ、見逃してはならないのは、その射程は「海から届く範囲の地上すべて」であるということ。
報復システムである理由が生存性であるが、それとともに先制攻撃システムとしての機動性も兼ね備えている。
イギリスが戦略原潜を残し、他の戦略核廃止を行なった理由は、「本土からの射程内」に明確な脅威対象が存在しなくなったからです。
ただ、それは、イギリスが核抑止力を削減したわけではなく、戦略核の機動性と秘匿性をより重視したということ。
それは、本土防衛という日本における核武装の根拠をはるかに越えた、世界戦略と投射力の確保にあることを忘れてはなりません。
これは当然、フランスにも当てはまることであり、戦略原潜の運用には、一国の防衛をはるかに超える規模での戦略構築なくしてはその運用に支障をきたすであろうことはまず認識すべきことです。
核戦力の構築において、自国防衛という戦術目的の核配備を行なうのか、地域バランスのコントロールや世界戦略という戦略目的の核配備を行なうのか。日本の核議論においては、多くの場合、この部分の議論が欠落しているのではないか。と、常に疑問に思っています。
日本の核武装は、イスラエルのように、基本的に自国の防衛を第一目的とした戦術的な核配備というのが、大多数の意見ではないか。と、私は理解しています。ところが、その運用内容となると、地域コントロールや世界戦略を念頭に置かない、異様な形での戦略原潜の運用が構想、議論されようとしているように思えてなりません。
専門的な部分まで立ち入って書いていないからか、兵頭氏の著作を一つ読んだだけでは、実は同じようなものを感じてしまいました。
自国防衛のための核運用ならば、それは戦術運用に限定され、外交的な扱いも戦略運用とは違ってきませんか?
ところが、戦術運用と理解している発言から、どう考えても戦略運用でしかありえない運用構想を見出せば、どうしても不信感を持たずにはいられません。
私が核を語る場合、地上サイロを主張している理由は、その配備期間の短さとともに、その運用目的の明確さです。
仮に原子力潜水艦に2500kmのミサイルを搭載したならば、世界の海から大陸棚分を差し引いた内陸部、最低でも地球上の海岸線から2000km以内をすべて射程に収めるのに対し、地上配備ならば、発射基地から2500kmという明確な範囲が現れてくるからです。
日本の防衛という戦術目的ならば、そのような明確な意思の表明がまずは必要ではないでしょうか?
根本的に核議論の中で、「日本の防衛思想は?」と問い、日本に必要な戦略や戦術を見出すより先に「日本の防衛に何が適当か」を問い、いきなり実体としての兵器の話になることには、少々疑問があります。
そりゃ、話が分かりやすくていいですよ。でも、話の分かりやすさと、その兵器が持つ意味は別にありはしませんか?
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何を言いたいのか良く解るしし論点もズレていないしケチも付けていない。反論しているだけっすよね
2007/3/17(土) 午前 6:44 [ しんすけ ]
順序としては、核武装云々よりも先に、とりあえず自衛隊を軍隊にしてから・・・ ですよね。軍隊が出来れば、日本人の視点も変わってくると思いますよ!、、、ようやく防衛庁になりましたから、次は 『 防衛軍 』 ですかね?
2007/3/18(日) 午前 8:50
こかげさん、まずやるべきは「普通の国」になることでしょうね。「異常な国」のまま、「核武装国」に一足飛びは不可能ですから・・・
2007/3/18(日) 午前 11:24 [ ぬくぬく ]
核武装と言っても、中国を想定してのことなら、容易だと思います。アメリカ、ロシアを相手にしたり、世界戦略なんていうものまで想定すると大変でしょうけど、、、対中国なら、地上サイロ配備を基本として、超長射程の巡航ミサイルをおまけでプラス程度でよいのでは???、、でも、何より先に、とりあえず正式な軍隊作りましょ!!!
2007/3/19(月) 午後 1:13
う〜ん、まずは、憲法を改正し、そして防衛省の大臣は、自衛官出身の人が着任すべきだと思う・・。
2007/6/8(金) 午前 9:34
ナオミさん、中谷さんは自衛官でしたよ?
2007/6/8(金) 午後 8:55 [ ぬくぬく ]
そんなに核武装したいんなら、公約に掲げて国政選挙に出てみろよ。
まあ泡沫で供託金没収ってとこだろうな(爆)大多数の国民はそんなことを望んじゃいない。だいたい国民の年金記録もきちんと管理できない連中が核兵器をまともに管理できるわけない(爆笑)
2007/6/21(木) 午後 7:13 [ 猿固痔 ]
読んでるか?本当に・・・
2007/6/21(木) 午後 7:17 [ ぬくぬく ]
>猿固痔さん 大多数の国民はそんなことを望んじゃいない。
核武装に反対する知人がいないが…。
2007/6/22(金) 午後 1:08 [ なっとく ]
読んでないのに、コメント書くやつだから・・・
2007/6/22(金) 午後 7:33 [ ぬくぬく ]
>ナオミさん、中谷さんは自衛官でしたよ?
あひゃ〜★ トラバ返礼
2008/5/8(木) 午後 5:34
うにゅ
2008/5/8(木) 午後 7:34 [ ぬくぬく ]
TBありがとうございました。僕の中では、カクブソー、カクブソーなんて騒げる日本は平和だなとしか思えないんですよね。核武装がいかに自身の国に負担になるのか、、そういう経験をした人に聞かずに単に机上の空論をしている人には、一度カザフスタンのセミバラチンスク辺りまで行って欲しいもんです。少し行くのは大変だし、英語すら通じないけど、、、、。まあ、机上議論好きな人に限って行かないんでしょうが(笑)。こちらからもTBさえていただきます。
2008/10/11(土) 午後 11:51
ぬくさんこんばんは☆
TBありがとうございます。
この記事明日の夜コピペ転載させてくださいm(_ _)m
2011/2/17(木) 午後 11:00
どぞ
2011/2/18(金) 午前 6:50 [ ぬくぬく ]