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■米国の太陽光発電も先行き不透明―太陽光より地熱を 3月16日付の米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが、2011年には、米国の太陽光発電施設が記録的に整備され、同産業にとって最高の1年となったが、連邦政府による支援打ち切りや、太陽光発電設備の部品をめぐる中国との貿易摩擦の可能性が高まっており、今後の先行きは不透明である、とする記事を掲載している。 それによれば、米国では、2011年には前年の倍以上もの1855メガワットの太陽光発電能力が整備されたが、その背景には、太陽光パネルその他の部品の価格が急速に低落し、太陽光発電の競争力が高まったことと、連邦政府による補助金の昨年末での終了を見越して、駆け込み需要が多く発生したことがある。世界的に見ても、太陽光発電は、多くの課題に直面している。ドイツでも補助金を縮小し始めたし、今や太陽光発電大国となった中国は、太陽光開発を制限しようとしている。米国では、政府のクリーンエネルギー、とりわけ太陽光発電への支援に対する疑念が高まっている。 太陽光発電システムの平均価格は過去2年間で35%下落したが、その主な原因は、中国から安価な部品が入るようになったためである。このことは、太陽光発電の競争力向上に繋がり、発電業者と消費者は恩恵を受けたが、米国内の太陽光設備生産業者に打撃を与えている。米商務省は、ドイツ企業の米国子会社からの、中国の太陽光発電設備メーカーは国から過剰な補助金を得て、不当に安価に海外で商品を販売しているとする、アンチダンピング申し立ての仮決定を下す見込みである。そして、中国との貿易紛争は米国の太陽光発電量の拡大を阻害する可能性がある、と言っている。 こうした太陽光発電をめぐる事情は、当然、我が国の再生可能エネルギー導入政策においても、考慮すべき重要事項である。再生可能エネルギーの普及には、電力の固定価格買い取り制度(FIT)が効果的であるとされている。例えば、2008年に国際エネルギー機関(IEA)が発表した報告書は、それまでの姿勢を転換して、「FITは他の制度と比較して優れている」と指摘している。我が国では、これまで、太陽光発電に重点をおいて、FITによる再生可能エネルギーを拡大すれば、電力のグリーン化と関連産業の振興による雇用促進ができるとしてきたが、少なくとも、太陽光発電に関してはこういう一石二鳥が成り立たないことが明白になってきた。FITは、将来有望だが未だ競争力を持っていない革新的な技術を普及させるのに役立つが、太陽光発電のような「ローテク」には当てはまらない。中国の安価な部品が入ってくるのは確実であるから、我が国で太陽光発電設備産業の成長はあまり望めない。そして、FIT自体が持つ危険性は、対象とする技術が予想外に早い時期にローテク化する恐れがあるという点であり、その時点でバブルが弾ける可能性がある。ドイツの事例は、まさにそれである。 とはいえ、FIT自体を全否定するのも行き過ぎであり、再生可能エネルギーの導入量を電力会社に義務づけるクォータ制などと適切に組み合わせて制度設計すべきものであろう。我が国にも既にRPS法というクォータ制が存在している。現在の世界的風潮としては、クォータ制は劣るということになっている(再生可能エネルギー導入促進への貢献は確かに低い)が、太陽光発電のような価格が下落しているものに関しては、むしろクォータ制のほうが適しているのではないか。 エネルギー安全保障に関しては、ベストミックスという概念が中核となるが、これは、再生可能エネルギーについても当てはまることである。再生可能エネルギー自体の割合について、再生可能エネルギーの内訳について、そして、再生可能エネルギーを普及させる制度についても、ベストミックスという観点が求められる。このうち、再生可能エネルギーの内訳に関しては、明るい材料が出てきている。我が国では、再生可能エネルギーの中では地熱発電が最も有望(地熱資源量2347万キロワットで世界第3位)だが、地熱資源量の約8割が国立・国定公園の規制地域の下にあるため、導入が極端に制限される結果となってきた。これに対して、環境省は国立・国定公園の特別地域における垂直掘りを新たに認可する方針である。国立・国定公園の開発に対しては、環境軽視だとの批判もありえようが、国立・国定公園を国益に貢献させることは理にかなっているという理屈も成り立つ。脱・太陽光偏重と地熱発電の本格導入を期待したい。(了) 転載元高峰康修の世直し政論 |
エネルギー愚論
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天然ガス転換は温暖化対策に不十分? http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120315-00000001-natiogeo-int 石炭に代わるクリーンなエネルギーとして近年注目を集める天然ガス。しかし最新の研究によると、世界中の石炭火力発電所を天然ガス火力に切り替えたとしても、地球温暖化の進行を先延ばしする効果は今世紀中ほとんど見込めないという。 研究を率いた物理学者のネイサン・ミアボルド(Nathan Myhrvold)氏は、「天然ガスには優れた点がいくつもあるが、地球温暖化対策としては役に立たない」と話す。 二酸化炭素(CO2)は現段階で大量に排出されてしまっており、大気中での寿命も非常に長い。これから完全にCO2を排出しない電力に切り替えたとしても、今後100年間の温度上昇を食い止めることはできないという。石炭から天然ガスに切り替えた場合は、100年後の温度上昇を20%程度抑えるだけにとどまる。ただし、再生可能エネルギーや原子力では60〜80%ほどの抑制効果が予想されている。 ミアボルド氏は以前にマイクロソフト社のCTO(最高技術責任者)を務めていた人物で、宇宙物理学や化石研究、さらには料理本の執筆など、多方面で才能を発揮している。地球温暖化問題にも以前から関心を抱いており、今回はアメリカのカリフォルニア州スタンフォードにあるカーネギー研究所の気候変動専門家ケン・カルデイラ氏とタッグを組み、石炭発電に代わる選択肢の研究に取り組んだ。 2人は、「世界中で石炭火力発電をほかの選択肢に切り替えた場合、気候にどのような影響があるか」をテーマに据えた。この点を体系的に調査した先行研究は存在しなかったという。 ◆切り替えの効果 現在、世界中の石炭火力発電量を総計するとおよそ1テラワットになる。ミアボルド氏とカルデイラ氏は、その発電量を天然ガスや太陽光パネル、風力、原子力などに切り替えた場合について、いくつかの期間を設定してモデル化した。 「まるで予想に反する結果となった」とミアボルド氏。「転換後のCO2排出量が2分の1や3分の1に減少しても、ほとんど効果がない。今世紀中の地球温暖化を大幅に抑制するためには、10分の1や20分の1といった劇的な排出削減が必要だ」。 仮に今後40年かけて世界中の石炭火力を天然ガスに切り替えた場合、ワット時あたりの温室効果ガス発生量は半分に減るが、温暖化のペースはわずかに遅くなる程度だった。石炭を使い続ける場合に比べて、100年後の温度上昇の抑制率は17〜25%に留まるという。 他方、原子力や風力、太陽エネルギーなど、温室効果ガスをほとんど排出しないエネルギー源に切り替えれば、温度上昇を57〜81%抑えられる。 この研究では、電気使用量の増減は考慮していない。しかし需要は今後100年間で全世界的に増大すると予測されている。現実の世界に与える影響はもっと過酷になるだろう。 ◆橋渡し役? アメリカの天然ガス推進団体「アメリカン・クリーン・スカイズ・ファウンデーション(American Clean Skies Foundation)」でエネルギー政策アドバイザーを務めるパトリック・ビーン氏は、今回の研究を受けて次のように話す。 「一つの研究成果として評価するが、それでも天然ガスは役に立つと考えている。風力や太陽エネルギーは価格がまだ高すぎる。資金的・政治的制約がある中、クリーンなエネルギーに向かう“橋渡し役”として、天然ガスは重要な役割を担っている」。 しかし、研究チームのカルデイラ氏は、「結局は天然ガスへの投資マネーは化石燃料業界に回る。業界の政治力が増すだけだ」と主張する。「いずれにせよ、エネルギーの無駄遣いを止められないのなら、どんな努力も無駄になる」。 研究の詳細は、「Environmental Review Letters」誌で2月に発表されている。 Mason Inman for National Geographic News |
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町長選の争点になった超小型トリウム溶融塩炉 軽水炉と太陽光の弱点補うトリウム原子炉(3) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1511 8月最後の週末、北海道の中川町に行ってきた。多くの方が「どこ?」と思われるだろう。中川町は北海道第二の都市・旭川から車で3時間、もっとも近い空港のある稚内からでも車で1時間半かかる。人口約1800人の小さな町だ。なぜ、ここを訪ねたのかといえば、他でもなく「トリウム溶融塩炉について講演して下さい」との依頼があったからだ。 私を呼んでくれた高見善雄氏(64歳)は、中川町出身の元航空自衛官だ。この3月の町長選で「タブーのない地域振興」を訴え、その柱として「トリウム溶融塩炉の誘致」を掲げて立候補した。結果は落選だが、3月29日の北海道新聞旭川・道北版の小さな記事は、異例の激戦と伝えている。 はた目には、物珍しい「トリウム溶融塩炉」をキーワードに泡沫候補として出馬し、あわよくば当選もありうるかも知れないとほのかに期待をした無責任な候補者と、映るかもしれない。しかし、実情は違う。 福島原発事故を経た今でこそ、さまざまなメディアを通してトリウム溶融塩炉が何であるかが語られ、知られている。だが、この統一地方選挙の時点では、トリウム溶融塩炉は必ずしも広く、また適切に知られていたわけではない。新しく、かつ現状と異なる技術であるがゆえに、既存の原子力を推進する立場からは受け入れられてもいなかった。核分裂エネルギーを用いる以上、原子力に反対する立場からも否定的に見られていた。それにもかかわらず“地域”の視点からトリウム溶融塩炉に深い関心を抱いていたことは、注目に値する。 畑作の北限を克服するために トリウム原子力の熱を利用する 原子炉は、膨大な熱を生み出している。この熱エネルギーをタービンで電気エネルギーに変換するのだが、その際、7割近くのエネルギーロスが発生し、膨大な温排水の形で熱を海に捨ててしまっている。そんなロスを出してまで電気に変えるのは、遠い需要地までエネルギーを運びやすいからだ。電気なら、東京―福島間に相当する約200キロを5%程度の損失で送ることができるが、熱をたとえば温水の形で送ると、運んでいる途中で水になってしまう。 もし原子炉が安全で経済的で、その地域が必要とする規模の出力で、その廃棄物も地元で処分しうるものであれば、その原子炉を需要地に設置することが可能となる。完全な「地産地消」である。中川町は東西10キロ、南北60キロ。熱利用が現実的になる距離感だ。 中川町は真冬には氷点下20度を下回ることは日常茶飯事だ。暖房の確保は死活問題だ。それは日常生活の側面からだけではない。生活の基盤となる産業―主として農業―にとって、より重要である。中川町に車で入ると町の中ほどで植生が変わることに気がつく。町のほぼ中央付近から北に向かうと牧草のみが植えられている。というよりも、これ以外は育たない。中川町は畑作の北限地なのだ。 このような地で農業を営もうとするときに取り得る方法はハウス栽培だ。ビニールハウスを建て、これに重油を用いて加熱し、作物を栽培する。しかし冬季にはその大量の雪のため、朝にはハウスが押しつぶされていることもしばしばある。いうまでもないがこの重油の調達にかかる年間費用は膨大なものだ。作物にもよるが年間1000万円を下らない。これで育てた作物が同等以上の価値を生み出すわけではない。完全に赤字経営となる。これに補助金が出ることで農業経営が見かけ上、成立しているのが現状だ。このようなやり方が未来永劫続けられるものでないことは、近隣の自治体の例を見るまでもなく、中川町自身が自覚している。 「自然のままでは畑作北限地であり、現実的にはきわめて困難な状況におかれている中で、しかしこの地を自らの故郷として愛着と誇りを持ち、この地がこれからも―派手さはなくとも―生き続けられていけるようにするにはどうすればよいのだろうか、それは、安価で、安全な“熱源”を得ることだ、その方法として着目したのが上記の小型トリウム溶融塩炉であった」と高見氏は語る。 近年、農林水産省や経済産業省で「植物工場」による農作物の生産の取り組みが進められつつある。本来的な意味は、コントロールされた環境下で品質の安定した生産物を、季節要因に左右されることなく安定的に供給しうる生産体制の構築が目的である。そのため、台風や豪雪に耐える構造物を備え、その内部に空調設備を整えた形で生産の場が用意される。このような強固な「構造物」が、中川町のような寒冷かつ豪雪を伴う畑作北限地での農業生産の近代化に求められている。 そして、その内部に何よりも必要となるのは熱源である。これに電力供給がむしろ付随する。そのようなエネルギー源は、重油など化石燃料の導入はコスト的に不可能で、太陽光や風力等の再生可能エネルギーでは事実上、熱源となりえない。電気を起こすことしかできないためだ。 電熱併給が可能な小型トリウム溶融塩炉への期待は、他の地域とは全く異なる視点から生まれたものである。 原子力のリスクも自ら引き受ける ともすれば、「トリウム溶融塩炉とはいえ、原子力である以上、安全であるはずがない。ましてや少量とはいえ、放射性廃棄物が発生する。それを誘致しようなど、また、補助金に目をくらまされているだけではないのか」との声が聞こえてくるだろう。 いうまでもないが、トリウム溶融塩炉は日本のエネルギー政策として認められてはいない。公的資金からの補助金があろうはずもない。そのような状況下にあってなお、トリウム溶融塩炉に活路を見出そうとするのは、この高見氏が進めた深い考察に基づいた結論ゆえだ。 装置の開発と、その応用は別物だ。開発者が想像もしないビジョンが生み出されることもある。高見氏は「タブーのない地域振興」というビジョンを掲げている。第一のタブーへの挑戦は放射性廃棄物だ。トリウムを燃料とする場合、ウランを燃料とする場合に比べれば、半減期の長い超ウラン元素の生成量が少ないため、比較的短期間で放射能は減衰する。ただそれでも自然界の放射能レベルにいたるまでには300年かかる。 高見氏は、これを他の自治体に押し付けるのではなく、利益享受者である自らの土地に処分することも含めて検討している。北海道も日本列島にある以上、地震・活断層から逃れることはできない。03年9月の十勝沖地震や93年7月の北海道南西沖地震は記憶に新しい。しかし中川町には、北端のごく一部を除いて活断層はない。域内に活断層がほとんどないことを、自ら調査を済ませているのも、その証だ。なお中川町の前町長の亀井義昭氏は地質学の専門家だ。他人に言われたことを鵜呑みにしているわけではない。 そして、「自ら立つ」地域振興の枠組みを構築しようと試みている点もタブーへの挑戦と言える。例えば、原発建設を国策で進める場合、「製造はA重工がB市で行い、立地はC町にする。電力は主としてD県に送られ、その後、放射性廃棄物はE村に埋設するか」となりがちだ。現状、日本国内でE村に相当するところはない。そうすると補助金と抱き合わせで、財政に苦しむ地方自治体に無言の誘惑―圧力―が加わることも想像に難くない。 A重工による製造がB市で、となるのは、たとえば大型軽水炉のように圧力容器の製造が事実上、北海道室蘭にある日本製鋼所(世界シェア8割)でしか行えないためだ。本来は、利用者(D県)が自らの域内(D県)に発電所を立地すべきであるが、これも“万が一”の事故時の影響を考えて、他地域(C町)に建設する。ここに電源立地地域対策交付金などの交付金が送られ、リスクの緩和が図られる。 このC町や、国内で将来現れるかも知れないE村が感じるのは、自尊心の陵辱だ。小さな町だから自尊心が小さいのではない。自尊心は大きさではかるのではなく、あるかないか、だ。自分は何者で、何をしようとし、何を助けとしているのか。これを自ら判断し、自ら決断できるかが、自尊心の有無を決める。高見氏は、自ら決断をした。この行為こそが自尊心というものを表している。 世界でも取り組みが進む小型のトリウム溶融塩炉 そのトリウム溶融塩炉は現時点では世界のどこにも現物はない。最も新しく溶融塩炉の実物が作られたのは、40年以上も前の1960年代後半に米国オークリッジ国立研究所で、だ。 ただ、小型原子炉は、福島原発事故後に大きく取り上げられることが増えている。例えば、9月7日のNHK「Bizスポ」でも米国の動向が紹介されている。小型の原子炉を作ることは決して困難ではない。重要なことは、これを経済的に製造・運用できるかどうかである。軽水炉が大型化したひとつの背景には、多数の燃料棒の製造と交換にかかるコストは、小型で多数の軽水炉を用いる場合には現実的な数値にならないほど大きくなったことがある。液体燃料のトリウム溶融塩炉ではこの問題が克服されうる。 今年(2011年)の9月下旬に米国ワシントンで小型モジュール原子炉に関する国際会議「SMR2011」が開かれる。ここでもトリウム溶融塩炉のセッションが設けられている。会議全体では70件程度の研究発表があるが、トリウム溶融塩炉については3件である。そのうちの一件は筆者によるもので、福島原発事故後の日本のエネルギー・原子力・環境・産業政策における小型トリウム溶融塩炉の位置づけについて述べる。 もう一件はインドネシアからのもので、筆者の知る限り、同国がトリウム溶融塩炉について研究発表をするのは初めてのことだ。いうまでもないが、同国もアルプス・ヒマラヤ造山帯と環太平洋造山帯に位置する地震国で、かつ世界最多の島嶼国だ。また2億3000万の人口は世界第4位である。この国が、安全性が高く小型化が経済的に実現できるトリウム溶融塩炉に着目することはきわめて合理的である。 最後の一件は米国アイダホ国立研究所からだ。同研究所はアイダホ州の小都市アイダホフォールズからバスで約1時間の所に位置する。ジャガイモで有名な州だが、ここでも冬場はマイナス20度をゆうに下回る。この研究所でこれまでも―むろん今も―さまざまな実験用原子炉が作られ、運用されてきた。中川町と地理的な特性も近い。 (字数制限のため途中まで) |
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トリウム溶融塩炉 安全、安価で小型 軽水炉と太陽光の弱点補うトリウム原子炉(2) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1509 溶融塩炉は、高温で溶かした塩にトリウムやプルトニウムを混ぜた液体燃料を用いる。溶融塩炉の安全性が高いのには、いくつかの理由がある。たとえば圧力容器が必要ない。(a)軽水炉が沸点100度の水の熱効率を高めるために160気圧(加圧水型)もの圧力をかけているのに比べて、溶融塩炉ではわずか5気圧に過ぎない。それでも、熱効率は44%に及ぶ。装置の圧力が低いことは、製造面でも、運用面でも安全性の向上に貢献する。燃料棒を使わない─実はこれが、需要の変化に応じて出力を変化させる負荷追従運転を可能にする。軽水炉でも出力を変化させることはできるが、熱疲労で被覆管が破損する恐れがある。そのため、日本では一定出力で運転している。損傷する被覆管がない溶融塩炉ならではの特徴だ。被覆管がなければ、水素発生の原因となるジルコニウムもない。燃料棒を使わないため、その製造も毎年の交換も不要である。燃料にまつわるコストは大幅に削減される。燃料交換に伴う廃棄物の量も減少する。 ちなみにトリウム溶融塩炉で外部電源が喪失した場合にどうなるか。炉心の真下には、高温で溶けるフリーズバルブが設けられている。ポンプが停止して冷却機能が失われた場合、炉心は高温になるが、同時にフリーズバルブが自動的に開く。液体の燃料は、重力で自動的に下部の排出タンクに落ちる。ここには減速材の黒鉛がないので、核分裂も止まる。崩壊熱は、周辺の空気循環によって除去される。 これらの点は、原子炉の小型化を図る上で重要である。小型にしても経済性を高くできるためだ。このことは、同じ小規模分散型であるが、しかし出力が不安定な再生可能エネルギーの“補助”としてきわめて大きな可能性を有している。再生可能エネルギー中心のエネルギー供給ビジョンを描く際には、需給ギャップは必ず時間変動値として生じるが、負荷追従できる溶融塩炉であれば、これを補うことができる。それが必要な国は、広い世界において、高度に産業が発展し、1億人以上の人口を抱え、世界随一の地震国である日本を除いてほかにはない。 トリウム溶融塩炉は、第4世代原子炉の一つに加えられているが、ゼロからのスタートではない。すでに1960年代に米国で実験炉が成功している。ただ、当時はすでに軽水炉が実用化していたこと、冷戦下では核兵器に向かないトリウム利用に関心がもたれなかったこと、そしてそもそもトリウムを燃やすためのプルトニウムがまったく足りなかったことなどから、その後は本格的な実験炉が造られることはなかった。今は違う。これらの要因のすべてが転換した。軽水炉導入から50年以上を経て次世代炉を目指す時代に入り、冷戦はすでに終結し、なによりもプルトニウムは困るほど余っている。 国を挙げて推進を決めた中国を筆頭に、米国やカナダでの民間企業による開発、欧州ユーラトムによる研究などさまざまな取り組みが進められている。基盤技術が確立しているゆえだ。溶融塩炉は高温で運転され、溶融塩による腐食もある。あまり知られていないが、耐食材料は70年代に開発されている。ただ、数十年のブランクを踏まえれば、実験炉の運転も含めて実用化には10年程度は見ておくべきだろう。また、トリウムを利用すれば高エネルギーの(b)ガンマ線が発生する。その遮蔽も含めて検証が必要だ。 溶融塩炉の実用化までには、軽水炉にトリウムを導入することもありうる。そのような動きは国内外にある。筆者らの取り組みは、(c)可搬型超小型トリウム溶融塩炉の実用化に焦点を絞っている。概念設計はすんでおり、基本設計に1年、メーカーと共同で進める詳細設計に1年、製造・運転・解析にそれぞれ1年ずつを見込んでいる。この5年間でプロトタイプが完成できる。これに並行して溶融塩による配管の腐食試験や高温・高放射線環境下での計測機器の開発を実施しつつある。単に1000キロワットのプロトタイプを一基造るだけであれば10億円もあれば足りる。これに5年間の運転・試験費用を加味しても、50億円もあれば十分だ。チューンアップするのであれば、さらに5年をかけて取り組めばよい。 トリウム+レアアース=電気自動車の“材料と燃料” ほとんど意識されることはないが、太陽光パネルにも風力発電にも(d)レアアースが使われる。電気自動車はいうまでもない。再生可能エネルギーが拡大すればするほど、副産物のトリウムは発生する。日本で導入すれば導入するほど、世界のどこかでトリウムを発生させる。責任感のある人や国は、このトリウムを放置せずに、活用することで環境汚染を回避しようとしている。中東ではどうか。マスダール計画はよく知られている。中心となるのは再生可能エネルギーだ。そこでも“併せて”検討されているのが原子力である。湾岸協力機構の原子力コンサルタントを務めるのは、トリウム軽水炉を開発する米ライトブリッジ社だ。フクシマ後の6月、カナダで2030年のエネルギービジョンを議論するグローバル・サイエンス・イニシアティブなる国際会議がひらかれた。その柱は再生可能エネルギーだが、そこにもトリウムが登場している。 トリウム溶融塩炉は、それ単体で世界の環境・エネルギー問題を解決するものではない。しかし、既存のウラン軽水炉の円滑な運用の支援にも、核なき世界の実現にも、レアアースの健全な確保にも、途上国の支援にも欠かすことはできない。中国は今年1月にその開発を表明した。米エネルギー省はバックアップを約束している。インドは50年前からトリウム原子力を開発しているが、溶融塩炉も選択肢から排除していない。昨年の9月、筆者はトリウムが豊富なケララ州トリバンドラムで開催された持続可能な社会構築に関するシンポジウムに招かれた。IPCCのパチャウリ議長の主催だ。インドは、再生可能エネルギーとトリウム原子力を両輪で導入している。筆者は、トリウム原子力に関する講演を依頼された。再生可能エネルギーの議論の場でトリウムが出てこないのは、筆者の知る限り、日本だけだ。 原子力をどうするかについて、現政権は場当たり的な対応に終始している。太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーについても、場当たり的な対応にしかなっていない。場当たり的な対応となる理由は、ひとえに今まで何も考えていなかったからだ。本来であれば、原子力をどうするかも、再生可能エネルギーをどうするかも、福島原発事故とは無関係に、腰をすえて長期的な視野で捉えて取り組んでいてしかるべきものだった。 現政権は、福島原発事故の直前までは、世界中に原子力発電所を輸出し、これを成長戦略の柱にしようとしていた。足元の現実を見れば、その実現には多くの課題があることに気がついたであろうが、そのような気配はまったく見られない。 素直に言えば、今後も引き続き日本が世界の軽水炉ビジネスに参入できるかは分からない。軽水炉の圧力容器は、世界シェアの8割を日本製鋼所が握っている。10年3月、日本製鋼所は800億円を投資して12年までに製造キャパシティを3倍に拡充すると発表した。この決断が日本製鋼所自身によるものかは分からない。軽水炉の受注が止まれば、投資の回収はおぼつかないからだ。3月11日まで同社の株価は900円近くで推移していたが、原発事故直後に500円近くに下落、その後やや持ち直したが6月には再び500円近くに至った。そして、7月4日には米ファンド会社が筆頭株主になった。ちなみに09年にロシアのアルミ王デリパスカ氏が同社の買収を試みた時は産官総出で阻止したが、今、そのような動きは微塵も見られない。何が日本の強みであるかを認識し、これを守らなければ単なる幻想に終わる。 もちろん、軽水炉は、製造技術、運用プロセス─事故対応は不明だが─が確立した発電手法だ。今回、福島では大きな事故となったが、これは軽水炉であればすべて一律に同じ結果をたどることを意味しない。女川原子力発電所に見るように、津波の到来を想定して高台に建設すれば、「止める、冷やす、閉じ込める」は達成できる。むろん、だからといって軽水炉は安全だと安易にいうべきではないが、ただ、少なくとも現場の一人ひとりは決して安易には考えていない。 日本のエネルギー政策にとって今、もっとも避けなければならないことは“場当たり的に”トリウム溶融塩炉に取り組むことだ。再生可能エネルギーを過信して、良い面をつぶしてしまいかねないのと同様に、トリウム溶融塩炉も適切に理解して取り組まなければ失敗する。人口増加や温暖化対策に資する規模で導入するのであれば、着火材のプルトニウムを供給するためのウラン軽水炉も必要となる。今は落ち着いて未来のビジョンを描く余力は乏しいかもしれない。しかし、時間も世界も、それを待ってくれるわけではない。現状を認識し、世界の動向を注視し、自らの進むべき道を冷静に検討すべきだ。 (主要部抜粋) |
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日本に溜まるプルトニウムを消化してくれるトリウム原子炉 軽水炉と太陽光の弱点補うトリウム原子炉(1) http://wedge.ismedia.jp/articles/-/1507 原子力は発電時に二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーだが、放射性廃棄物が発生する。一般に意識されることはほとんどないが、国内の(a)使用済み核燃料の保管場所は、もうすぐ満杯となる。使用済み核燃料は、まず発電所の冷却プールに置かれるが、その容量は日本全体で約2万トン。現在、日本の使用済み核燃料の量は約1万4000トンだ。今後、毎年約1000トン発生する。抱え切れない分は六ヶ所再処理工場にある冷却プールに保管される。これは容量が3000トン。昨年、東京電力が中心となって青森県むつ市に「中間貯蔵施設」の建設を始めた。これも容量は3000トン。早晩、溢れることは目に見えている。 安定的に電力を供給し、かつ温暖化対策も実施することを踏まえれば原子力は続けてかまわない。むろん安全を確保した上で、だ。その場合でも、このような使用済み核燃料の問題を考えていなければ、いずれにせよ数年以内に原子力政策は行き詰まる。この使用済み核燃料の問題は、特にそこに含まれる(b)プルトニウムをどうするかが最重要課題である。周辺国から核兵器への転用を警戒されるからだ。 本来─今後もそうだが─、プルトニウムは貴重な人工の核分裂性物質であり、エネルギーに転換することが目的だ。自然界に大量に存在するが、そのままでは燃えないウラン238が中性子を吸収してプルトニウムが生まれ、エネルギー資源を増大させることができる。これが50年前に見た(c)高速増殖炉の夢だ。かつての夢はよいとして、われわれが考えなければならないのは、今、そしてこれからのことだ。 プルトニウムを利用するには高速増殖炉が性能面でもっとも優れるとして開発を進めてきたが、40年以上の歳月と1兆円以上の資金を投じてきたにもかかわらず、事実上、進んでいない。この7月15日に高木義明文科相が「もんじゅ、開発中止も含めて検討」と発言したという。もんじゅについてはそれでよいかもしれないが、そこで使うために蓄積されてきたプルトニウムが消えてくれるわけではない。原子炉級とはいえ、プルトニウムである。わが国が保有する約200トンは、国際原子力機関の定める有意量の2万5000倍だ。日本が核武装を行いうるとは思わないが、諸外国が好意的に見てくれるわけではない。もんじゅの開発中止─すなわちプルトニウム消費先の喪失─は、直ちに周辺諸国の警戒感を引き起こすことにもなる。プルトニウムを化学反応で消すことはできない。それができるのは核反応だけだ。 プルトニウムを消すトリウム 近年、(d)“トリウム”という言葉が注目を浴びるようになってきている。それは、トリウムがこのプルトニウムを消しつつ、電力を生み出す鍵であるためだ。トリウムは、天然の元素で核燃料になる。ウランよりも軽いため、原子炉で燃やしても重いプルトニウムになることはほとんどない。高レベル放射性廃棄物の主因となる長寿命の超ウラン元素の発生量も少ない。ただ、ウランと異なりトリウムだけでは燃えない。そのため着火材が必要だが、それがプルトニウムだ。 プルトニウムは行き先がない。トリウムも同様で、レアアースを採掘する際に放射性のゴミとして生まれる。世界中ですでに15万トンほど溜まっている。今後も毎年1万トン以上、好むと好まざるとにかかわらず発生する。昨年の補正予算1000億円の計上直後、住友商事が米モリコープと、双日が豪州ライナスと提携したが、ともにトリウム含有率の大きなレアアース鉱山だ。むろん副産物トリウムの行き先は決まっていない。ライナスはレアアースの精錬工場をマレーシアに建設しようとしているが、マレーシアでは大規模な反対運動が起こっている。トリウムをプルトニウムとともに燃やす道を与えれば、地上のレアアース採掘時の環境汚染対策を合理的に施すことができるようになる。 プルトニウムは、ウランとともに高速増殖炉で燃やす以外にも軽水炉で燃やすプルサーマルがあり、さらにトリウムとともに軽水炉で燃やすこともできる。今、世界で注目をされているのはトリウムとともに“溶融塩炉”で燃やす方法だ。 トリウムとウランの廃棄物の違い その理由は、同じ原子力であっても、発生する放射性廃棄物の低減や経済性の向上が期待できるためだ。高速増殖炉では、高速中性子を用いるため、超ウラン元素の生成量は多くないが、プルサーマルでは超ウラン元素の生成量が多い。高速増殖炉の実用化までのつなぎとしてプルサーマルを用いるよりも、燃料調達や運用が確立しているのだから、軽水炉はウラン燃料に特化すればよい。プルトニウムをトリウムの着火材として消費するオプションを提示することで、高速増殖炉の実用化のめどが立たないなか、核兵器転用に対する諸外国の懸念も払拭できる。 ウランの需給は、福島原発事故が起こってもなお、逼迫している。天然ウランに含まれるウラン235が、唯一の天然の火種だからだ。トリウムの利用は─今後もウラン軽水炉を使うのであれば─、ウランの安定確保にも貢献する。さらに溶融塩炉であれば、安全性を飛躍的に向上できる。 (主要部抜粋) |






