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人類の歴史は「虐め(いじめ)の歴史」といってもよいかもしれない。
Clarkは人間の一番醜い行動は「弱い者虐め」だと思っている。
動物の世界も「弱肉強食」で成立している。
「人間も動物の一部だから一緒じゃないか」という言われるかもしれない。
しかし人間の虐めと弱肉強食は大きく異なるのだ。
まず動物の弱肉強食は精神的かつ継続的な虐めは存在しない。
それは「命を継続するための最低限の捕食」である。
ライオンが鹿を喰う。チーターがゼブラを喰う。
しかし強者は満腹時に弱者を襲うことしない。
彼らは虫の居所が悪いとか、より強い人間に虐められたから、
より弱い動物に当たり散らすような精神構造は持っていない。
そんな無駄なことはしない。
しかし、食物連鎖の頂点に立つ人類は違う。
大脳新皮質が著しく発達し、豊かな思考や感情を持つ人類は残念ながら
喜怒哀楽を正しく美しく制御できないのである。
それは個人心理的にも、集団心理的にもである。
北朝鮮という現代最悪の人権蹂躙国家やイスラム国というテロ集団がある。
彼らは狂気のリーダーに恐怖によって支配され、
殺人・リンチ・強姦を平気で行う。
身体の自由を奪い、動けない状態で凌辱しながら命を奪い、それを公開する。
「恐怖による支配」は善悪や信条、個人の好き嫌いな自由意思など全てを奪い、絶対服従の空気を作り、支配者の赴くままに行動するのである。
山本七平先生が自著「空気の研究」でも記しているが、旧日本海軍の自爆的無謀行動による日本兵大量犬死は幹部の恐怖による支配構造で醸成された
「誤った空気」であった。
さて、北朝鮮・イスラム国・旧日本海軍に共通して見られる支配構造と集団心理は「対岸の火事」なのだろうか?
Clarkは違うと思う。
過程におけるDVや児童虐待、学校や職場のいじめ、ブラック企業における
パワハラ・モラハラ。これらすべて閉ざされた世界の中で起きている支配構造で起きている不幸な事件である。
男(夫)が女(妻)を殴る、暴言で追い詰める。
親が幼い子を、成人した子が年老いた親を殴る。
人事権(生殺与奪権)を持つオーナー社長や経営幹部が社員を蹂躙する。
運動部の先輩は後輩に無理難題を押し付け、もの笑いの対象として弄ぶ。
学校では教師が「子供同士のいじめループ」に無関心でそれを放置する。
日本の閉ざされた狭い世界でおきている恐怖支配(さまざまな虐め)の被害者は何百万人に及ぶ。
程度の差はあれど、うつ病、ひきこもり、いじめの連鎖(より弱い者への虐め)、ひいては傷害殺人事件に発展する。
つまり現代日本のさまざまな組織(家庭、学校、会社、役所、地域共同体、
ママ友、、その他あらゆる社会)の中に北朝鮮やISISのような集団心理や
個人心理が動いているのである。
かくいうClarkもそういう組織を内外から見てきた。
「ある特定個人に権力が集中し幹部が腰巾着になった状態」がきわめて危険なのである。いろいろな組織を渡り歩いてきた経験から言えることだ。
幹部が絶対服従の状態では、支配者の暴走を止めることができなくなるばかりか、その支配者の暴走に便乗して幹部自ら、虐待を楽しむようになってしまうのである。
人間は自己防衛本能があるので、絶対専制君主から身を守るためであればなんでもやる。靴の裏を舐めろと言われれば舐め、殺人でさえ喜んで行う。
企業における行動例でいえば「人格否定的業務指導や査定、パワハラ」であったり、「給与カット・左遷・解雇」である。
企業における殺人は「根拠のない懲戒解雇」であろう。
日本では40歳を超えた転職は極め厳し為、企業幹部の多くは自己保身のためぶら下がらざるを得ない。
狂気の経営者に逆らうことができないのである。
五年十年いや二十年にわたり人権思想を蹂躙され、ボロボロになっていく
ミドルをClarkは大勢見てきた。
「家族を路頭に迷わせるわけにはいかない」
ほとんどのミドルはそれが理由で会社を辞められないのである。
次に子供の社会で起きている「いじめ」に対するClarkの処方箋を書きたい。
子を守るのは「親とその子自身」である。
学校、警察、自治体などに過度に期待してはいけない。
私は娘にこう接してきた。
①おまえは私たち家族の宝。世界で一番大切。かわいい。
②もし君が虐められたらパパが守る。
怖くて行きたくなければ学校へ行かなくてもいい。
③もし虐められている子がいたら親切にしてあげなさい。
虐めている子がいたらやめようと言いなさい。
④世界中のみなから嫌われることはない。
君がいる狭い世界の出来事に負けてはいけない。
⑤その狭い世界はずっと続かない。
世界が変われば環境は変わるし、変えられる。心配するな。
つまり、集団は一時的なもの。
所属集団は自分で選べるということ。
間違った集団心理に負けてはいけないこと。
その3つをしっかり叩き込むことである。
これは大人になっても役に立つ。
いじめや集団心理は何処でも発生しうることで、世の中から無くならない
「人類の罪」だから。
窃盗強盗、殺人、詐欺、売春と同様に「虐め」を廃絶することはできないのが悲しい事実である。
虐めに巻き込まれず、自ら関わらず、止める行動ができるか。
私は「卑怯(弱い者虐め)」に関わらない。
そのように言える人間でありたいし、そういう人を育てたいと思う。
次の記事ではじゃあ、「ミドルはどうすりゃいいのさ」について書きたい。
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