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書庫あいうえ、えっせい

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サボっていた「あいうえ、えっせい」
「ぬ」で止まっていたではないか。それもヌードで(笑)
肉体鍛錬にばかりこだわっていては「カラダでっかち」になってしまう。
精神性についても書かなきゃバランスが悪い。

というわけで「の」で選んだワードは「のどか(長閑)」である。

辞書で引くとこんな四つの意味であった。

 ①静かでのんびりとして落ち着いているさま。         (いわゆる状態)
 ②空が晴れて、天候が穏やかなさま。うららかなさま。   (いわゆる天候)
 ③ゆったりとくつろぐさま。急がないで気長に構えるさま。 (いわゆる気分)
 ④気にかけないさま。のんき。                 (いわゆる気性)

思い返せば、Clarkは天候の状態の意味として「のどか」を使いっていた。
人間の性質として、「のどかな人」とはあまり言わなかったのである。

日本には春夏秋冬の移ろいがある。
環境が目まぐるしく動いている忙しい国なのだ。
厳しく乾燥した寒さに耐えたかと思えば、黄砂と花粉が飛び交い、気がつけば台風に
ゲリラ豪雨。
長閑な秋晴れや紅葉の落ち着きはあっという間で寒い冬が来る。

移り行く季節に翻弄され、閉鎖的な村(現代なら会社組織かな?)で周囲に気を配り、
生きている。

「長閑な人生、のんきな性格」では周りから浮いてしまう。あのどかなヤツは変人なのだ。

「のどかですね」「個性的ですね」というのは社会的にはほめ言葉ではない。
「のどか」と対極の「気にしい」「機転がきく」「そつがない」のが社会で重宝される。
機能的で有能、つぶしがきく人材が喜ばれるのだ。

さて、自分の人生の幸せを考えれば、「他人を気にして生きる」のは間違いだ。
もちろん他人に迷惑をかけてはいけないし、各人の立場やコンディションを考えた
コミュニケーションをとることは大切だ。
しかし、「自分だけの楽しみ」「自分だけの宝物」「自分の軸、こだわり」というのが希薄で周囲を気にしてばかりいるのは疲れませんか?
幸せの秘訣はいい意味の自分勝手、自己中心だと思うのです。

まさに幸せの秘訣は「のどか」なのではないかと思うのですよ。

  小さなことでくよくよしない。いや、嵐でさえ気にしない。
  がっかりさせるようなコト、ヒトがいようが、そんなのは当たり前と考える。
  他人は他人、自分は自分と割り切れる。
  腹を立てて、血圧が上がって、胃を壊したら損をするのは自分だと思える。
  他人のエネルギーを奪う人ではなく、エネルギーを与える人になる。

真に「長閑な人」とは何も考えていないのんき者ではなく、
人生の達人を指すのではないか。
そう考えるのである。

あっ、最後まで書いて気がついた。
「ね」を飛ばしてしまった。
小さなことは気にしない。Clarkはのどかな男を目指しているのだから(笑)




「ぬ」といえば、ヌードである。
みなさんの期待を裏切らないテーマである(笑)
 
さて、ヌードという言葉の響き。
 
それははなんとも甘酸っぱい思春期の性の思い出に通じている。
 
 男は視覚で興奮し、女は触覚や聴覚で興奮するという。
 男女の夜の営みの時、電気を暗くしたがるのが女。
 少しでも明るくしたいのが男。
 
男は視界を奪われると興奮しないようにできている。
女は視界を遮断し、それ以外の触覚・嗅覚・聴覚を駆使して興奮する高等生物なのだ。
 
裸、裸体、すっぽんぽんよりも「ヌード」と言う方が隠微な感じがした。
ヌーディストビーチという言葉を始めて聴いたのはたしか中学生のころだった。
「裸天国海岸」という言葉は無いが、ヌーディストと聞いただけで「鼻血ブー」
だった記憶がある。
 
そんなウブな少年だったClarkも48歳。
今は「ヌード」というワードに接してもゼンゼン興奮しないし、ときめかない。
むしろ最近の私は男女を問わず「人間の鍛えられた肉体」に興味がある。
「一糸まとわぬあられもない姿」という性的興奮にひも付けされたヌードには
興味があまり無い。
 
「肉体を機能的にデザインした成果をじかに見る」という合理的客観的観察対象としてのヌードに興味があるのだ。
だからセミヌード、ヘアヌードなんていうのはどうでもよい。
ボディラインさえ確認できればよいので、ウエットスーツを着た状態でもClarkにとってはヌード写真なのである。
 
人間は純粋無垢のヌード状態で生まれる。
しかしすぐに服を着せられ、知能(悪知恵)を高めようとする。
その一方でヒトはやるべきことをサボり、厳しいことから逃げようとする。
そういう弱い行動が肉体を緩ませ、ヌード(ボディライン)が醜くなる。
醜い腹を服で隠す。
 
出身や家柄、学歴や勤務先、経済力や知性、、、
ヒトはいろいろな視点で比較し優劣をつける。
その視点の重要なひとつがヌードだと私は考える。
 
自分自身の肉体に投資をする。訓練強化して強く美しい状態をキープする。
それは人生を有意義に過ごすためにとても重要なことだと思う。
だから「自分のヌードに関心がある=ナルシズム」というのは短絡的だ。
何の努力もせず、自分の姿に見とれるのはナルシズムかもしれないが、
自己管理のために鍛え、強くなろうと努力する過程で自身のヌードをチェック
するのは至極当たり前のことである。
ボディライン、筋肉量はいかようにでもデザインできるのだから。
日々の理想と現状のギャップを確認しておくことは大切なのだ。
 
若い時はそれほど応えなくても肉体は美しかった。
しかし48歳の今は違う。
何もしなければ他人に見せられないヌードの自分になる。
きっちり鍛えたヌード(躯体)を持っていればそれは服の上からでもわかるのだ。
 
ミドル世代の同士にお伝えしたい。
若い女のヌードへの関心の30%で良いから、自分のヌードに関心を持って
いただきたい。
 
私のヌードは鑑賞に耐えられるものだろうかと。
「にっちもさっちも行かない」

行き詰ってどうにもできない様を「にっちもさっちも行かない」と云います。
 
「にっちもさっちも」は、算盤(そろばん)用語に由来し、漢字で「二進も三進も」と書くそうです。「二進」とは2割る2、「三進」とは3割る3のことで、ともに割り切れ、計算が出来ることを意味します。
そこから、「2や3でも割り切れぬ=二進も三進も行かぬ」と言うようになりました。
そろばんの玉が思うように行かず、計算が合わないことを意味するようになりました。
それが転じて商売が金銭面でうまく行かないことの意味になり、身動きがとれない
意味にも使われるようになりました。
 
現在、日本の電機産業はまさに「にっちもさっちも行かない」、採算が合わない地獄に陥っています。
薄型テレビ、パソコン、スマートフォン、デジカメなどの製品がコモディティ化しました。
性能による差別化で付加価値が認められず製品価格が大暴落したのです。
台湾・韓国・中国製品の性能が飛躍的に上がり、これらの製品は日本製である必要が全くなくなりました。
でもこれは驚くことではありません。
かつてテレビや冷蔵庫はアメリカのGE社の代表的製品でしたが、GEはこれらを作らなくなりました。もっと付加価値の高い「ニッチ市場」を目指したのです。
GEは航空機エンジン、医療機器、金融事業で大成功を収めています。
 
「にっちも〜」の後はニッチですかい。
ニッチ市場(にっちしじょう)とは市場全体の一部を構成する特定のニーズを持つ規模の小さい市場のことです。隙間市場(すきましじょう)ともいいます。
ニッチとは直訳すれば「隙間」や「くぼみ」のことでです。
建築インテリア用語でも壁に彫り込んだ小棚をニッチと云います。
もともとは生物学で「生態的地位」を表す用語です。
 
さまざまな生態的地位がある中、主に哺乳類の進化に伴って起きた事柄がニッチ市場の概念の元になったとされます。
恐竜が全盛時、哺乳類はネズミのような小動物で夜行・雑食など隙間的なものを主として生き延びましたが、恐竜が滅びると絶滅で空白になったニッチ(生態的地位)を埋めるためにさまざまな生物が進出し、哺乳類が最も成功を収めました。
この生物進化の企業生存活動に例えて「ニッチを開拓する」などとも言うようになりました。
 
  にっちもさっちもいかなくなりそうなら、ニッチを目指す。
 
カラダばかり大きい大企業は恐竜のように絶滅します。
生き残るためには適者生存(適存)です。
日本人ならではの創意工夫で新しいビジネスモデルを考えることが大切。
過去の成功体験に縛られてダメな事業にこだわっていてはティラノザウルスのように死滅することでしょう。
 
 
 『泣く子と地頭(じとう)には勝てぬ』
聞き分けがない子供や、横暴な地頭には従(したが)うほかにない。
道理を尽くしても、理の通じない者には勝ち目がないということ。
「地頭」とは鎌倉時代、幕府によって公的に任命された一種の荘官職。
また、その人。1185年、源義経・行家の追捕を名目に源頼朝が勅許を得て各地の荘園・公領に設置し、御家人を任命したのを始めとする。
権限は下地(したじ)の管理権・警察権・徴税権を持ち、他に反別五升の兵糧米を年貢官物の中から取得することが認められた。
地頭は武士なので、紛争などを暴力的に解決しようとする傾向があった。
紀伊国阿部弓河荘の百姓訴状は「百姓が地頭・湯浅宗親の非法のせいで年貢(材木)納入が遅れたことを荘園領主に釈明した文書」である。
宗親が百姓を強引に徴発した様子、抵抗すると「耳を切り、鼻を削ぎ、髪を切って、尼にしてしまうぞ」と脅した様子などがよく記されている。
 
格言、金言には耳を傾けるべきである。
 
地頭は今でいえば官僚、税務官、警察、市役所など、いわゆる「役人」である。
乳幼児と役人を同列に置いて、どうにもならない諦めの対象としたところが潔い。
おそらく、この短い文章の後に続く意味を現代風に考えれば、、、
 
政治家や役人に多くを期待するのはナンセンスである。
誰かに何とかして欲しいと考えた時点で不幸になる。
「もっと庶民のことを考えて欲しい」なんて考える暇があったら、自助努力で生活の質を向上させることにまい進すべきだ。
 
来月には衆院選総選挙、地方選挙が行われる。
政治家のセンセイ方には命をかけてせいぜい頑張って欲しいし、議員・公務員の総数
削減で国家予算の削減を果たして欲しい。
1000兆円の借金があるのだから、仕事をしない地頭に支払う余裕は日本国にない。
まあ、「こんな道理を通してヨ!」と願っても、役人や政治家が身を削ることなどあり得ないのだが、、、。
君は「かもめのジョナサン」を知っているか?
俺は「とんびの与作」さ。
 
アメリカのジョナサンの話を読んで、同じ鳥として感動したのさ。
 
ジョナサン・リヴィングストンは何をした?
彼は「飛行とは何か?」を追求した。
飛行技術はどこまで研ぎ澄ますことが出来るのか?
光の速さで移動して、瞬間移動が出来るようになるか?
他の鳥が考えないようなことをやるのが楽しいんだそうだ。
 
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オレはジョナサンじゃない。与作だ。
 
オレはジョナサンのようにスピードは追求しない。キリモミ飛行もやらない。
そういうテクニックには興味がない。
 
オレ様が追求するのは何だと思う?
それはね。「効率」なのだよ。
 
風に乗って最小のエネルギーで移動するのさ。
最高の滑らかさで、最高に快適に移動する方法を考えるのさ。
全く羽ばたくことなしに高度を維持し、何km飛行できるのか?
それを今、試しているのさ。
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何?ただ楽をしているだけだろうって?
 
お前は人間のクセにバカなヤツだな。
 
人間だって高効率の自動車、低燃費の飛行機、省エネの家電を追求しているだろ。
とんびの与作も同じことをしているのさ。
 
他のとんびよりも効率よく、楽に、遠くへ飛ぶことを求めて。
その術はもうすぐ見つかる。
 
その技術を会得したら、若い奴等に教えてやらねばならぬ。
それが自分の天命だと思うから。
 
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