|
師走になりました ことしもあとひと月
郵趣について なかなかアップできていない
ここらで一念発起しないと
切手をたくさん貼った 1枚のはがき
消印もたくさん押されて 賑やか
一般には みっともないと思われる向きもあるが
終戦前後の郵便物には このように 多数の切手を貼った書状や
はがきが たくさんみられる
消印は 中村(昭和)22.6.24
この年 4月1日から 第2種(はがき)料金は50銭となるが
使用されたのは 2銭はがき
貼り足した切手の額面合計は46銭
1銭切手女工さんの下に 料金収納印がみられ
これが2銭ということで 計50銭でなっとく
短期間に料金改定が相次いだ 当時の事情が読み取れる
ただそこで ちょっと気になることが
2銭はがきに 収納印2銭なら 4銭となるが はがき料金は
昭和12年4月1日から 2銭
19年4月1日から 3銭
20年4月1日から 5銭
21年7月25日から 15銭
22年4月1日から 50銭 で 4銭料金はあり得ない
どうやら2銭はがきに 1銭女工さんを貼り足し3銭としたうえで
2銭の収納印で いったん 5銭はがきに対応したと思われる
すべての切手が 一度に貼付されたものではないということになる
下から3つ目の 赤紫色は検閲印
占領軍(GHQ)による 郵便検閲が行われていたことがわかる
なお 貼付されたこれらの切手のなかで
2銭乃木大将と 下の左隅 3銭盾と桜は
軍国主義を象徴したものとして 追放指示が出され
この2か月あまり後の 8月31日をもって 使用禁止となっている
いわゆる 「追放切手」である
郵趣的な理屈はともかく 終戦直後の混乱した様子を物語る史料として
見逃すわけにはゆかないものである
|
昭和切手
[ リスト ]





うわ・・この料金、なかなか難しいですね(^−^)b
はがき料金は50銭で間違いないですが。
料金収納印が、なんの収納印であるかが・・大切ですね。
おそらくは、新楠公2銭はがきに女工1銭を貼った状態であって、3銭はがきに収納印をおして5銭はがきとしたものでしょう。
それに、乃木2銭+富士20銭+富士10銭×2枚+盾3銭の合計45線分を貼って、50銭はがきとして使用したものではないでしょうか?(^−^)b 面白いです。この使用例。
2016/12/2(金) 午前 1:51
> とどさん、そのように説明しようかと思っていたのですが、夜中になってしまい・・・。
2016/12/2(金) 午前 10:38 [ とよたろう ]