備後の国から

趣味は切手収集。旧い切手やはがきなどの郵便物を通して史実を知ることができます。身近なところにある植物や地域の風物、季節の行事など

郷土の消印

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 きょうは終日雨で、一時強く降ったこともありました。

 半年後の例会場を予約するため、雨の中を市街中心部まで出て行きました。
しかし、来年3月14日(日)はすでにどの部屋も予約済みでアウト!
 しょんぼり帰ってきました。
 9月はあちこちと出かけ、帰ったあともなにかと用事が増えて、
すっかり出向くのがおくれてしまいました。
 ちゃんと申込書を出して料金を払わないとダメなのです。

 場所を変えるか、日にちを変えるか、私が勝手に決めるわけにも行きません。
 
 
 
 さて、本題の丸一印つづきです。
 褐色の印影に続いて、後期の丸一型日付印は太枠の黒色となります。

 明治30年代になると急速な産業の発展にしたがって郵便物の量も増大しました。

 当然、消印も複数用意する必要も出てきます。
 それに、使用頻度が増すと摩滅のための取りかえも頻繁となりますから、
たくさんの異なった印影が出てきます。
 大きい局では、印影のバラエティは相当な種類にのぼるようで、
これを追うのは地元の局くらいに限定しないととても・・・。

 後期のものは、初期(前期)のように優雅な感じはなく、文字も大きく書体もさまざま、
乱雑なつくりと見えるようなものもあります。

 消印の製作を請け負うハンコ屋さんも多忙となって、
「どうせ新米小僧にもやらせたんでしょう。」
 尾道先生は、冗談とも本当ともつかぬことをおっしゃっている。

 とりあえず、封筒に貼られた状態の、明治32年から42年の丸一印をここにアップしていますが、
これよりもっと早い時期のものもあります。
 いつごろ褐色から黒に変わったのか、それを局ごとに追求しています。

 大きな主要局は明治38年末で、
その他のところは明治42年末をもって、丸一型日付印は姿を消します。

丸一型日付印 褐色

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 初期の黒色に次いで、明治24年ごろから茶褐色の印影が登場します。

 それも局によってその時期がちがっていて、
わたしの郷土、備後の国ではどうなっているのか、局ごとにまとめているのです。

 茶褐色といっても色はさまざまで、黒に近いものから、あずき色、エンジ、
明るい茶色などバラエティは豊富です。

 図版の上2枚はエンタイアの部分、下2枚は切手単片です。
明治26年から30年のもので、これより前後がまだありそうです。
どのあたりで変わったのか、それを突き止めようと・・・。

 明治30年代になって開局したところでは、茶褐色は使われていない場合もあって、
5,6名のをデータを集めて局ごとに追求することになっています。

 地域によっては、早くからその地元で、熱心な収集家の手によってかなり詳しく調査されていますが、
備後の国ではおそまきながら、いまごろ取り組んでいます。

 “他国の人”から、「いまさらもう遅いよ」と言われたことがあります。
研究や勉強を始めるのに、遅すぎるということがあるのでしょうか。

 発掘して出てきたものから推測してゆくのですから、
どこまでやっても、すべてを解明し尽くすことはできないと思います。

 ちょうどニュースで、国内で旧石器時代の遺物が出てきて、これにより日本人の祖先の存在が
これまでの学説より遙かに昔にさかのぼるとか。

 現に、消印の世界でも、丸一印の「一便」なるものの存在がクローズアップされ、
本格的な調査はこれからだそうですから。

 

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 二重丸型に続いて、統一された国内用の日付印として、
明治21年9月1日から、全国一斉に丸一型が使用開始されました。

 中心よりやや上部を横一線に仕切りを入れた形態のため丸一と呼んでいます。
上段に国名と局名、下段の上は年月日、最下部に便号が入っています。
 便号は、集配回数が1日1回以下の局では空欄、
2回以上の場合はカタカナで「イ」「ロ」・・・となります。
 東京・大阪・横浜ではイ〜ワ便まであります。

 先般、「一便」なるものが発表され、物議をかもしていますが、
その道の先輩諸氏がその解明に当たっておられます。


 丸一印の印影は、明治24年ごろまでは初期のタイプとして、
リング(外枠)が細めで、文字も整った小さめの書体です。
 
 アップしたものは、いずれも21年9月、10月。初期の黒色です。

 周防の国から、てらずみさんもこの印影をアップされています。
http://blogs.yahoo.co.jp/terazumi26sho/30391640.html

二重丸印KB2型

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 KG型のつぎはKB2型です。
外側に国(K)と月日と便号(B)が入っていて、これがKB。
 便号は漢字で「午前、午後」となっているのが1,平仮名「い、ろ、は」なら2。

 これは「い」ですからKB2型ということになります。

 外側の漢数字と便号は時計回りに読みます。

 KB1というのもありますが、これは地方では主要局だけで、
福山の場合はありません。

 右のはがきには、東京ボタ印の到着(配達)印がみられます。
ボタ印とつながった二重丸を使用しているのがわかります。
 これは、二一・四・九・チ。
つまり、明治21年4月9日チ便ということです。

 二重丸印は年号や便号の表示にたくさんの種類があって、
これをまとめた1冊の本も出ています。

 また、二重丸印を集めている消印収集家も多く、なかなかの人気です。
 大きい局なら入手も容易ですが、山間部の小さい局には、
容易に出て来ないめずらしいところもあって、オークションでも賑わいます。

 ボタ印と同じく、はがきなら比較的容易ですが、
切手単片にちゃんと収まっているものの方が高価でしょう。

 小判はがき、小判切手にみられます。

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 晴天がつづき、きょうも昼間は30℃を超えています。
「暑さ寒さも彼岸まで」とはゆかない天候です。

 
 1876年(明治9)5月から小判切手が発行され、
はがきも9月19日、小判はがきが発行されました。
 それまでの手彫切手、手彫はがきから、
近代的な印刷方式を採り入れた、製造面では画期的な時期です。

 消印も二重丸型が広く使用され、印面の抹消、差し立てを示す証示印、
到着(配達)局を示すものに使われています。

 国名(K)・備後と、郡名(G)深津が入っているKG型です。
2枚の消印をくらべると、文字書体にちがいがみられます。

 この書体のちがいについて、タイプ別に分類することも行われています。

 左は福山が抹消印で、今津が到着(配達)局の印です。
どちらもいまでは福山市内です。
 右は福山で印面を抹消したうえ、下にもうひとつ差し立て証示印として押されています。
到着(配達)局は安芸・西條。
 ここは酒どころとして知られています。

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