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この3銭封緘はがきは、戦前によく使われていたものなので少しも珍しくありません。
ましてや、このようにヤケや汚れがひどいとどうしようもありません。
ところで消印をみると 奉天 6.11.2.
おや、旧満州国からではないか。
満州医科大学医院内の看護婦さんが、郷里にあてて差し出したもの。
長々と書かれた裏面の手紙文に思わず目を通すと
途中から
・・・・ 今日は私熱はありませんが気分がすぐれず胸が苦しいので床に いました
五六日前より満鉄の十河理事がチフス?で入院致しましたので何かといそがしくつかれたのでせう
叔父さま 理事さんてあんなにえらいのですか
看護婦も先生もつきっきり それに秘書や交換手までいますよ
一日何十通かの電報や電話 とてもいそがしい人ですよ
昨日は前の総裁がなくなられたので少し熱が昇っています
とてもぜいたくばかり言はれます
一等ベッドをおいたら 特等室のベッドでないといやだと こぼしています・・・・
満鉄の十河理事とは たしか戦後の日本国有鉄道(国鉄)の第4代総裁となった人
手紙のなかみには思わず苦笑しましたが
はて、この封緘はがき、クズ入れ行きか
でも奉天の消印がある・・・
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封緘はがき
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これが大阪のフロア・オークションで手に入れたものです。
7銭封緘はがきの未使用、右は(3銭の)収納印付きです。
封緘はがきは使用例を集めていますが、これだけはすぐにはどうしようもないモノなのです。
これは、台湾で発行された「台湾封緘」とよばれるもので、太平洋戦争末期の昭和20年の6、7月ごろ、本土との交通が途絶し、切手やはがきの供給困難が予想され、現地供給のために製造されたものです。
用紙は本土(内地)より白くてきれいです。
内地のものと異なるのは印面上部の「大日本帝国郵便」の「帝」の第1画が違っているのです。
両者の印面を拡大してみます。
左が本土のもの。「帝」の第1画が横棒です。右が台湾で縦になっています。
本土での7銭封緘は、30銭封緘とともに、単独での使用済は非常に少なく、入手は容易でないことが知られています。
その後の値上げで、切手を貼り足して使ったものは比較的多いのでしょうが。
ましてや、台湾ならもっとむずかしく、使用例はいつになったらお目にかかれるのか、そして、手に入るのかわかりません。
というわけで、せめて未使用でも持っておこうと思ったのです。
フロアでは対抗馬もなく、それぞれ○千円であっさりと手に落ちました。
未使用はかなり残っているのですねえ。
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昭和21年7月25日から30銭となった封緘はがきの料金は、 |
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周防の国にでかけて中断していましたが、封緘はがきのつづきです。 |
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非常に強大な台風が近づいています。 |



