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きょうは快晴、文字通りの五月晴れです。
うっかりして、また1種とばしてしまいました。
昭和18年(1943)1月1日発行の1銭です。
図案は女工さん。
これも、「時局郵便切手図案懸賞募集入選作、3等 4席を修正したもの」と文献にあります。
「勤労奉仕」の名のもとに、女学生たちも学校ではなく あちこちの軍需工場へ派遣されていました。
この切手は凸版印刷で、色の変化が多いことでよく 知られています。
目打の抜けも悪くなって、上段未使用切手の右端の 目打は小穴(ピンパーフ)と呼ばれています。
使用済の収集では、消印もできるだけはっきりした ものを探したいものです。
珍しいものではありませんから、切手はたくさん残っています。
この切手の本来の用途は、昭和17年4月1日からの第3種料金(日刊新聞・定 期刊行物など)に当たるのですが、これが以外と少なく、専門カタログ評価は1枚 貼り3種便エンタイアなら5千円。
新聞などがついたままの帯封があれば最適でしょう。
これは「とど」さんがやがてアップしてくれるでしょう。
そのかわり、図左のようにはがき料金2銭として、乃木2銭のかわりにこの1銭を 2枚貼った私製はがきや、図右の昭和19年4月1日から3銭となったはがき料金 に、2銭官製はがき+1銭として加貼使用された例はたくさんあって、いまでもこれ ならせいぜい数百円で手に入ります。
はがきの消印に機械印も多く使用されていますので、消印の収集もけっこうバラ エティがあっておもしろいと思います。
第3種便にはローラー印が多く使われています。
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昭和切手
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凹版印刷の40銭オーロワンピ燈台の図案を簡略化し凸版印刷で再登場しています。
昭和19年ともなれば戦局も不利となって、国内の物資は深刻な窮状と思われ、もはや凹版印刷はとてもやってられない、というところでしょう。
右端の切手は目打が大きくずれていますが、こんな出来損ないは珍しくない時代なのです。
発行されたときの、この切手の用途は凹版切手40銭とおなじく、 内国電報料金に対応していますが、終戦直前の昭和20年4月1日からは
第1種(書状)10銭、書留料金30銭、速達料金も30銭となって、
がぜん40銭1枚貼りの出番となりました。
この切手のカバーはそんなに多くないはずと、一時期本気で探したことが
あって、速達便がふたつも揃っていました。
書留便もあったらなぁ・・・。
封筒屋「とど」さんなら持っているのでは?
と、思ったら上下先生がアップしてくださいました!
この時期の消印は不鮮明なものが多く、このていど読めればいい方でしょう。
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これも「時局郵便切手図案懸賞募集」の2等2席入選作を修正したものだそうです。
図案は靖国神社です。
凸版印刷で色は濃淡のちがいがあります。
靖国神社といえば、政府要人参拝でしばしば物議をかもしていますから、みなさんよくご存じですね。
わたしが勤めていた会社は、戦後この神社の境内に本社を設けていたようです。
空襲を免れた内幸町の本社ビルは終戦でGHQに接収され、ここに昭和55年までの
長期にわたってお世話になっていたのです。
この切手の用途は、昭和17年4月1日の郵便料金改正で、
第1種(書状)が5銭、速達料金12銭、書留料金も12銭となって、
この17銭を1枚貼れば済むことになります。
カバー左は書留便、右が速達便です。
用途に沿った適正使用例はべつに珍しくはありません。
わたしが持っているくらいですから。
どちらも、昭和18年の使用例で、消印のC欄(時刻欄)は★が3つ
入っています。
右は切手のど真ん中に消印が。
収集家はこれを「満月消」と呼んで、使用済単片はそれなりに人気です。
でも、これを切り取ってしまってはねぇ・・・。
昭和18年はまだ消印もはっきりしたものが多いのですが、
19年以降となると摩滅して不鮮明なものが多くなってきます。
それから、一昨日(4月28日)の15銭少年航空兵のいいカバー。
やはり「とど」さんは持っていました。
ご案内を書き加えていますからもう一度見てね!
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15銭とおなじく、昭和17年(1937)10月1日発行の40銭です。
図案は、1次昭和6銭のオーロワンピ(ガランビ)燈台の原版を利用し、料額とその周辺を改刻した新しい原版を作ったと、文献にあります。
凹版印刷は2次では少ないので、1次かと勘違いします。
用途は国内電報料金。
それを示すものは持ち合わせていません。
使用済単片の消印下部に電信取扱所と
あるのはたくさんあります。
左の書状は速達便です。
消印はやや薄いものの、日付は昭和20.8.19。
これはいささか遅い使用例です。
昭和20年4月1日から第1種(書状)は10銭、速達料金30銭となり、ちょうど40銭は書状速達便として、1枚貼りが適応となったのです。
終戦の詔勅が発せられた4日後、国内はさぞかし騒然としていたことでしょう。
到着(配達)局の消印は見られません。
この時期は書留料金も30銭だったので、書留書状もあるはずです。
ほんとうは、発行時は書留料金20銭、速達料金20銭なので、書留速達料金40銭として加貼されているものなら、ヴェリー・グッドなのですが・・・。
といったら、「とど」さんがおそらく見せてくれるはず!
もうひとつは、「内地植民地間航空割増料金」で、第2種・封緘はがきの場合が40銭で、右の封緘はがきがそれに該当します。
昭和19年1月28日の消印で、台湾・台中から差し出したもの。
これなら堂々としたもの、と思いきや、あて先が同じこの手がかなりたくさん存在しているようなのです。
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図案は少年航空兵。
「時局郵便切手図案の入選作2等2席を修正したもの」 とあります。
第1次昭和切手には、15銭の額面の切手がなかったこ ともあり、新たに発行されています。
これは凹版印刷の切手です。
用途は、昭和17年4月1日から小包料金500gまでが15銭となったので、それに適応するのですが、そんなものは持っていません。
書状5銭の3倍重量便なら1枚貼りか・・・。
重量便の「とど」さん、持っていないかなぁ。
※やはりあるのです!
右の封書は、下の方に第1次昭和の12銭航研機を加貼した速達便です。
昭和19年4月1日からは書状料金は7銭、速達料金は20銭。
計27銭で金額は合っているものの、切手についていえば適応していません。
このころから消印も不鮮明なものが多くなってきますが、これはくっきりしています。
時刻欄には都道府県名が入っています。
達筆なペン書きでまずまずの見栄えでしょう。
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