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Etamine(仏) 太番手のあま撚り糸を使用した粗織の布の事。平織、綾織等の組織で織られる。 古い本で見つける事ができた。エタミーヌ(Etamine)と掲載され、フランス語が語源で英語読みがエターミン。 業界では良く使われる用語だが、曖昧に扱われている事が多い。大抵は、ウールの平粗織の布を指す。
同じく、コーヒーのドリップ用布、旗などもエターミンと呼ばれているようだが、はっきりした区分けがない。(フィルター用の布は別の呼称があったと思うが、ちょっと思い出せない)
etarmine (女) フランス語 粗い平織の薄い布 篩(ふるい)布、漉(こし)布 雄蕊(おしべ) 「紳士服百科辞典]」 から 薄地の光沢のある軽くて地合いのすける平織、梳毛織物で、パンティングに良く似たもの。また、綿糸を使用したものもある。 |アルバトロス|パンティング・スクリーム| 参考書籍 紳士服百科辞典 洋装編集部(著) 洋装社(発行) クラウン 仏和辞典 三省堂(発行) 2006/03/31記載 2007/11/01追記 |
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Orvercoat 外套(がいとう)、グレートコート(Greatcoat 英)、パドゥシュ(仏)、の事。 単にコートとも言う。合着(春、早秋に着用の衣類)のトップコートとは区別する。 最も外側に着用し、防寒が目的の、ジャケットよりも長い丈の、主に、冬季、寒冷地域で用いられる、よりフォーマルなニュアンスの外衣を指す。また、それらの総称。 素材 厚手のウール 厚手の綿 皮 毛皮 その他、厚手の素材 デザイン(流行により多様に変化する) 腰を覆う丈 衿が付くのが一般的 裏地が付く物が多く、入念に仕立てられる 18世紀頃から、男性の戸外で着用する外衣を指して呼ばれる その他コートの名称 アルスター・コート インバーネス・コート トレンチ・コート バルマカーン 服部晋の「洋服の話」 服部晋(著) 小学館(発行) 紳士服百科辞典 洋装編集部(編集) 洋装社(発行) 服飾辞典 文化出版局(発行) 参考写真、イラスト 服部晋の「洋服の話」 服部晋 小学館 インバーネス・コート アルスター・コート オリジナル・ハンガーイラスト トレンチ・コート |
ポロ競技とポロシャツの起源と歴史、関連事項B.C.500年頃 ペルシャ帝国時代 600年頃 ササン朝ペルシャ 騎馬民族の遊びがポロ競技の起源と言われている 1850年代 (近代ポロ競技の始まり 2説ある) インド北東部マニプール州で、英国人の紅茶プランターが現地の騎馬球技に出会ったことに始まる インドに駐留中のイギリス連隊が、イギリスに持ち帰った事に始まる ブルックス・ブラザースがポロ競技選手が風圧による衿の動きを止めるため、衿先を釦で止めている事をヒントに釦ダウン・シャツを開発し、発表した。 1933年 ルネ・ラコステ(テニス・プレイヤー)が引退して、ワニのマークのポロシャツを発売した (仏) ラコステは、ウィンブルドンなどでも活躍し殿堂入りしたが、その激しいプレー・スタイルから、 「ワニ」というニックネームで親しまれていた。その為、引退後4年目に、「ワニ」のマークを左胸に配した、ポロシャツのデザインに着手する。当時、フランス最大のニット衣料品製造会社を経営していた実業家、アンドレ・ジリエ(Andre Giller)の協力を得て、ポロシャツのデザインを手がけた。 「鹿の子」はラコステが開発した素材という説がある。 日本では、今上天皇(明仁) ご成婚により、テニス・ブームが起こり、合せてアイビー・ルックの流行もあり、多くのポロシャツ・メーカーが顔を揃え、製品を供給し流行した。 アーノルド・パーカー クロコダイル ラコステ ジョン・スメドレー 他 サイト内関連用語 |ルネ・ラコステ|アイビー・ルック|釦ダウン・シャツ|ポロ・カラー|ポロ・コート|ポロ・ルック|海島綿| 参考書籍 世界服飾史 深井 晃子(著) 美術出版 参考写真 ウィッキーペディア ポロ競技 ポロ競技_マーク ポロ競技_1 ポロ競技_2 ポロ競技_1900年頃のポロ競技 英国式幸福論 ブリティッシュ・スポーツ事始め ポロ 目で見る世界史 馬は神様からの授かりもの 世界史小ネタ 第93回 ウィッキーペディア ルネ・ラコステ ラコステ公式ホームページ ジョンスメドレー(JOHN SMEDLEY) ポロシャツの似合う俳優 スティーヴ・マックィーン 「ブリット」 ダスティン・ホフマン 「卒業」 2005/07/03記載 2007/10/20追記 |
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Tennis Shirt Polo Shirt(和製英語) ポロ競技の選手が着用するプルオーバーの鹿の子のカットソーの半袖シャツ。 もともとは、テニス・ウェアーとしてデザインされたものを、特にユニフォームのなかったポロ競技の選手に愛用されたのが、名前の由来と言われている。イギリスで始まったこの競技は、 スノッブなスポーツとして社交の場ともされていたことから、「ポロ」の名前のつく衣類はいくつかあり、同名のブランドもある。 開発者のルネ・ラコステは、テニス・プレイヤーだったが、多くのスポーツ選手との交流があり、スポーツに必要とされていた吸湿性や、運動性、それに、清潔感のある服を開発したかった。その為、ポロシャツは、テニス、ポロ、ゴルフ等の多くの競技で着用される事になった。 生地 鹿の子(ジャージー) スムース、天竺等も使用される 衿 スタンド・フォール・カラー(編みたてリブ) ほぼ長方形で、衿の端がリブの編み目で終わる衿で、本縫いで接ぎ合わせるか、 共布テープで縫い代を始末する。 (一般的なポロシャツの形状) 減らし目を使い衿先の形状が尖ってナローな衿で、リンキングで身頃と合せる (特殊な衿と言える。著名なブランドでは、ジョン・スメドレーが採用している形状。 よりデザイン的、高度な技術、希少性があると言える) 袖 半袖 (希に、長袖もある) 袖付 ●セットイン・スリーブ ●ラグラン・スリーブ 袖口 ●フライス(又は、編み立てリブ)を接ぎ合わせるタイプの提灯袖 (ランタン・スリーブ) ●編み出しリブのランタン・スリーブ(ジョン・スメドレー)
●裏振り2本針の袖口始末の筒袖 開き ●前中心短冊開き(プルオーバー)、釦止め ●裏バインディング開き、釦止め 裾 ●裏振り2本針始末、脇スリットが通常のデザイン ●編み出しのリブ始末(ジョン・スメドレー・タイプ) 参照サイト内関連用語 |ルネ・ラコステ|アイビー・ルック|釦ダウン・シャツ|ポロ・カラー|ポロ・コート|ポロ・ルック|海島綿| 参考書籍 世界服飾史 深井 晃子(著) 美術出版 参考写真 映画 「卒業」 ダスティン・ホフマン 世界服飾史 深井 晃子(著) 美術出版 スポーツ・ウェアー、現代服のベーシック P-148 ルネ・ラコステ 1927年 |
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アイビー・ルック VAN Jacket歴史 1945年 天津で、米軍オブライエン中尉と石津謙介氏が知り合う。 プリンストン大出身のオブライエンからアイビリーガーの生活や服装について教わり、石津氏がアイビーの魅力を知るきっかけとなる 1951年 石津商店 設立 レナウン時代の仕事仲間、高木一雄氏と当時のレナウンの社宅(現 アメリカ村)を貰い受け開業 VAN Jacketに社名変更(炭谷町) 兄の友人、伊藤逸平氏(写真評論家)の風刺雑誌のタイトルVANの名前を借り受ける 「謙介」「高木」の名前の一部を取り「ケンタッキー」ブランドでスタート コットン、ワークシャツ、ジーンズ、などカジュアルウェア中心 男の服飾(メンズ クラブ) 木村功、岡田英次、菅原文太の若手をモデルとする広告を大々的に展開 1963年 みゆき族がマスコミをにぎわせる。 1964年 1971年 年商100億円を突破。最盛期には300億円 1978年 400億円の負債を抱え倒産 アイビー・リーグ イェール大学 コネチカット州 1701年 コロンビア大学 ニューヨーク州 1754年 ダートマス大学 ニューハンプシャー州 1769年 ハーバード大学 マサチュウセッツ州 1636年 ブラウン大学 ロードアイランド州 1764年 プリンストン大学 ニューシャージー州 1746年 ペンシルバニア大学 ペンシルバニア州 1755年 参照
エンブレム プライドのかたち 向井直樹 美術出版 エンブレム コロンビア大学 ウィッキーペディア アイビリーグの大学 蔦の絡まる建物 映画「卒業」 アイビー・ルックの着こなし ダスティン・ホフマン計6枚 参考映画 スティーブ・マックイーン 「ハスラー」 ポール・ニューマン サイト内参考用語 モードの歴史 近代編 「卒業」|アイビー・ルック|ブルックス・ブラザース|VAN JACKET|みゆき族 エンブレム|ポロシャツ| 参照サイト ブルックス・ブラザース VAN JACKET 続く(今回は、写真の追加と一部修正)上記の内容の詳細は、アイビー・ルックにあります。 |





