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小泉首相の掲げる郵政をはじめとする改革について、多くの国民が賛成しました。それでも造反議員や野党議員たちは、自分たちが正しくて小泉が悪と言ってはばからず、大多数の国民の投票結果を馬鹿にするような態度に怒りを覚える人も多いと思います。
たしかに少数ではあっても小泉改革に反対した国民がいたのも事実です。すべて賛成ではなくても、よりましな選択として自民党を選んだ国民もいたことでしょう。このように、いかに多くの国民の支持を得られる政策であっても、必ず反対意見は出てくるものです。ただし、「日本国民が自民党の改革に賛成したのか反対したのか」と質問を受けたとしたら、やはり「日本国民は賛成した」と答えるのがより正確です。一部反対派がいるから「日本国民が反対した」という解釈などはしません。そんなことを言う人がいるとすれば極端な小泉反対派による自己正当化の発言といえます。
さて、これを歴史解釈にあてはめてみます。
大日本帝国の朝鮮・台湾・アジア諸国における統治や解放戦争が、多くのアジア諸国から歓迎されていました。李登輝氏やダマ氏、ノンチック氏など多くの発言からもそれがわかります。http://blogs.yahoo.co.jp/nyan_nanaha/10618002.html
しかし大日本帝国の統治政策に対しても反対運動があったと言われています。従来の歴史解釈では、このことをもって「ほら、反対運動があったから日本は歓迎されてなかった。欧米に替わって支配しただけだ」とあまりにも短絡的な考えがまかり通ってきました。これは自虐史観とか呼ばれるものですが、ここまでくると歴史捏造史観と呼んでもいいと思います。もう少し客観的に冷静に考えてみましょう。
自分たちを世界の中心と考え他民族を蔑視する思想を持つ支那・朝鮮人や、異文化の民族に警戒心の強い未開の地の民族であればなおさら、抵抗がおきない方が不思議です。それにもかかわらず、過去の日本人に対して心からの感謝の気持ちを述べるアジア人が数多くいるというのは、どういうことでしょう。日本人はかなり紳士的方法で統治をし、多くの人には感謝されたけれども、中には受け入れられない人や、偏見による誤解をもっていた人もいたのでしょう。そういう人たちが反対運動を起こしたと考えられます。
本質は、その反対運動がどういうものであったかということを冷静に考える必要があります。秩序ある統治が行われているところに、ごく一部の武装勢力が暴動を起こしたとしたらそれは単なるテロリズムです。通常、国民の意見とは多数派のことを言いますが、なぜか歴史解釈の時は反対派、犯罪者の方が正しくなってしまうという、おかしな解釈をする人が多いのには首を傾げるばかりです。
できるだけ客観的に、偏らず、身近なことにもあてはめつつ歴史を考えると、従来の歴史解釈にはあまりにも偏った考えが発見できます。「新しい歴史教科書をつくる会」などの主張はこういうところにもあるのかもしれません。私も庶民のごく自然な感覚で、歴史を見直していきたいと思います。
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