TAMANIWA たまには

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前回予告した通り、ノンチック氏の半生記から、マレーシア独立の「真実の物語」を数回にわけて紹介したいと思います。(表現は可能な限り半生記の記述のままにしてあります)

1、マレーシア植民地の歴史

マレーシアは、ポルトガルの占領から日本軍の上陸までの間、430年にわたる西欧の植民地支配に苦しんでいた。
1400年 マラッカ王国成立
1511年 ポルトガルがマラッカを占領
1641年 オランダがマラッカを占領
1795年 イギリスがマラッカを占領
1824年 英蘭協定によりマレー半島はイギリス勢力下に入る
1826年 イギリス領海峡植民地成立
1896年 イギリス領マラヤ成立
1941年 日本軍、マレー半島のコタバルに上陸


2、イギリスの植民地支配

イギリスの植民地として、マラヤは搾取と強権支配を受けていた。マラヤは三つに分断され、海峡植民地シンガポールにイギリス総督が常駐して直接統治していた。イギリスは錫(すず)、天然ゴム、コプラ(ヤシ油)、香辛料などの原産品の開発、収奪を行っていた。マレー人は産業職場から遠ざけて、僻地へ閉塞させていた。他の欧米の植民地と同様、現地住人は家畜同然の扱いであった。
イギリス人は、マレー支配のため移入民族の華僑(中国人)とインド人を奴隷的に使役していた。華僑はイギリスの代理人となってマレー人を搾取支配していた。イギリス人は、インドとビルマの植民地支配で成功した人種分割統治をマラヤに持ち込んだのである。
現在、マレーシアが国家的な苦悩としている多民族国家社会の悩みは、このイギリスによる植民地政策が唯一の原因である。イギリスがマレーシアに遺した最悪の大きな遺産であるといえるだろう。


このように強権支配されていたマレー人には、彼らを救うであろう2つの神話が伝承されていた。


3、ミナンカバウの伝説

「遥かなる昔、スマトラのインド洋岸の集落パダンに近い、ミナンカバウのスグンタン丘へ、一人の若き王子が天から降臨した。この地には、パダンの少女を毎年奪い喰らい、住民の恐怖の的であった大蛇シクツムノが蟠踞(ばんきょ)していた。若き王子はその大蛇を退治し、その尻尾から出た剣をもって、スマトラとマラヤの地に繁栄のマラヤ王国を築いた」
ラジャー・ノンチックの一族こそは、この若き王子の後裔なのである。いずれの日にかは、今、のしかかっている巨人の大蛇(イギリス人)を退治しなければならなかった。
1904年、日露戦争が勃発。日本海海戦において東郷平八郎率いる日本の連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を全滅させる。有色人種が白人に勝利したこの戦いは世界中を震撼させ、有色人種蔑視観を覆した。植民地にされていた国の民族には独立の希望を与えた。東南アジアでは、もう一つ伝承されていた神話、ジョヨボヨの伝説が現実になる日が近いと期待が膨らんだのである。

4、ジョヨボヨの伝説

「マレー人を苦しめる白い悪魔を、東からき来た黄色い軍神が打ち破り、玉蜀黍(ジャゴン)の花が咲くまでの短い期間だけこの地にとどまり、やがて東へ引き揚げるが、そのあとに平和なマレー人の国が建設される」
広くマレー島嶼全域(現在のマレーシア・インドネシア・フィリピン)に伝承された有名な神話である。
そして、伝説は現実となった・・・
1941年、とうとう東から神兵が来たのである。この東方から来た神兵は、邪悪な侵略者イギリスやオランダを追い払ってくれるだろうと、この時多くのマレー人は前途に大きな希望の炬を感じたのである。

つづく



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