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東京裁判(極東国際軍事裁判)とは、第二次世界大戦後に行われた、連合国による日本軍を裁いた裁判である。
初めは、国際法にのっとって裁くのだと宣伝されていたが、連合国は「裁判所条例」(チャーター)なるものを作って、戦争犯罪を定義し、これを裁く権能を付与し、これによって日本の指導者を裁いたのである。
「法律のないところに犯罪はなく、法律のないところに刑罰はない」
これは法治社会の初歩的な原則である。
ところが東京裁判では、法律のないところに無理に「裁判所条例」という法律を作り、法の不遡及の原則までも無視してこれを裁いたのである。
東京裁判を構成した国は、当時連合国として日本と交戦したアメリカ、イギリス、ソ連、フランス、中国、オランダ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの九ヶ国と、フィリピン、インドを加えた十一ヶ国であった。
構成員は以下の通り
アメリカ代表
マイロン・C・クレーマー(はじめJ・ヒギンズ、のちにクレーマーに交代)
イギリス代表
ロバート・パトリック
ソ連代表
I・M・ザリヤノフ
フランス代表
アンリー・ベルナール
中華民国代表
梅汝敖
オランダ代表
バーナード・ウィクター・A・レーリング
カナダ代表
E・スチュワート・マックドゥガル
オーストラリア代表
ウィリアム・F・ウェッブ
ニュージーランド代表
エリマ・ハーベー・ノースクロフト
フィリピン代表
ジャラニラ
インド代表
ラダ・ビノード・パール
裁判長はオーストラリアのウェッブ判事。
判事は戦勝国の人間ばかり。
勝者が敗者を裁くために法律まで作り、昔にまで遡って裁いた欺瞞的な裁判である。
田中正明著「パール判事の日本無罪論」より
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