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正論4月号に、韓国の歴史教科書の記述が紹介されています。
面白いので、
「歴史を歪める日韓左派学者の幻想と虚構」筑波大学教授 古田博司 より太字の部分もそのまんま引用します。
(一)倭族は大概東北アジア系統の族属と南洋族そしてアイヌ族の雑種だった。彼らは一時代には今日の九州と本州西部にかけて部落諸国家を成していた。彼らのなかで特に大陸に近い部落に住む倭人は三韓から文物を受け入れ、再びわが三国時代に至り、倭人は主に百済を通じ漢字と仏教と各種技術の同文物を受け入れた。
(二)漢の武帝が中国東北地方から朝鮮半島北部にわたって建てた漢の四郡はわが国の一部ではあるが、この異民族が統治したという点で確実に望ましいことではなかった。しかしわが祖先たちはこの試練の時期を通じ、わが民族の団結力をかため、彼らが持っていた社会秩序と科学技術をはじめとする各種文化に接し跳躍の足がかりとみなした。
(三)わが国の中国文物輸入において、受動的な側面を止揚し、能動的な側面を強調すること望ましい。すなわち、儒教・仏教の伝来と仏教美術の発達、管制の受容と制度のわが国化など、すべてをわが実情に合わせて変形した次に、これを再び日本にあたえた事実に注目する必要がある。
(四)このような唐の統治制度はこの後中国歴代の王朝の模範となったのみならず、わが国をはじめとする東アジア諸国に大きな影響を及ぼした。(中略)新羅と渤海は先進的な唐の文化を積極的に受容し、中国、日本とともに東アジア文化を形成することになった。
この記述に対する古田教授の解説は以下の通りです。
通底する歴史観をまとめておけば、「韓国の歴史が漢四郡の異民族統治から始まること、中国の文物を輸入して国造りをしたという受動的な側面は思考停止し、まずは遅れた日本にそれを変形し、あたえてやったという能動的な側面を強調し、わが国を中心とする東アジア文化圏が形成されたということを知らしめる」ということになろうかと思われる。元より無理のある歴史観であろう。
いくら大した文化や歴史がないからといって、こんな嘘をつくなんて、なんだか可哀想ですね。
何が何でも日本より勝っていたことにしないと気が済まないこの心理は、小中華思想ゆえでしょうか。
この他にも面白い記述がありますが、長くなるので、別の日に紹介したいと思います。
また、古田教授は、日韓歴史共同研究に関わっていて、そのエピソードも面白いので、紹介したいと思います。
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2010年03月24日
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