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この、『「釜山港へ帰れ」の歌詞の意味』というタイトルで、ピンと来た人がいるかもしれません。 でも、このブログ、あんまり人来ないから、いないかもしれない。 朝日新聞に、「釜山港へ帰れ」の歌詞の意味を載せ、その作詞家が、「違う意味だ」と言ったというのをどっかで読んで、「朝日、やっちまったな〜〜」と思っていたのですが、さすが勝谷さんは見逃していなかった。 「WiLL」3月号の「あっぱれ!築地をどり」(勝谷誠彦さん)の記事ですが、2月号の「小浜 女の町」以上に大笑いしました。 実際は、職場で昼休みに読んだので、笑いをかみ殺していましたが。 でも、近くの人には笑っているのがばれていました。 あまりにも面白いので、引用が少々長くなります。 劇場に飛び込むとちょうど第二幕が始まったところだった。「望郷の念を誘った歌詞の秘密」と演題がありミステリー仕立てになっているらしい。もちろんお囃子はチマチョゴリを着た喜び組社中。歌うは朝鮮語の「釜山港へ帰れ」である。この歌詞に大名取(引用者注:若宮啓文氏)のこだわりがあるらしい。<歌詞を見ていただきたい。日本語で「会いたいあなた」とある部分が、韓国語では「いとしいわが兄弟」。つまり、本来は離ればなれになった兄弟の歌だったのだ>。おお早くも「歴史決めつけの所作」だ。南京大虐殺や伊藤律会見といった大所作ではないが、やはり若宮大名取が踊ると小気味よい。さっそくお決まりの見得が決まりはじめる。<あの時代、連絡船は一攫千金を夢見て朝鮮や満州に渡る日本人を、そして朝鮮からは紡績工場や炭鉱に徴用された多くの男女を運んだ>。 「離ればなれになった兄弟」という情報だけで、戦中時代の徴用ですか? しかも、その「徴用」って、日本内地では昭和14年に施行され、朝鮮では昭和19年に施行された「国民徴用令」のことでしょ? なんで、それで韓国人は日本人に被害者面できるわけ? 日本人は、朝鮮人より5年前に徴用されてたんですが。 さすがに「日本への強制連行」は使えなかったと見える。 数年後に、「徴用」も使えなくなるだろう。 (中略) 驚いた。超大物ゲストである。チョー・ヨンピルその人だ。築地をどりも手慣れたもので<レコード会社のスタッフの発案で「兄弟」に変えたんです>。と見事にワキを踊る。 「徴用」、関係ねえじゃん。 大名取の喜ぶまいことか。<レコーディングした75年といえば、朝鮮総連系だった在日朝鮮人らが墓参のために韓国を訪れ始めたころだ>。<「釜山港へ帰れ」はそんな時期にピタリとはまった>。あれ?さきほどまでは顔に煤を塗ってツルハシを担いで強制徴用の所作をしきりにしていたのに、いつのまにか金日成バッジをつけている。いつ早変わりしたのか観劇記者四半世紀のこの私にすらわからないとは、さすがは大名取。 (中略) 観客もほとんどが退場、暗転していた舞台にほのかな光が射し、大名取がまた出てきたのである。そして物凄いスピードでこう踊り始めた。 <釜山出身の作詞作曲家・黄善雨さんに会うと、もともとはこれは自作の歌だったと力説するではないか。僕の恋人が木浦に嫁いでしまい、嘆き悲しんで作ったのさ、連絡船とは釜山と木浦を結ぶ定期船のことだったんだ・・・・・・・・> 私はヘナヘナと崩れ落ちた。最初は徴用と踊り、次は南北分断と舞い、そしてこのオチを誰が予想できただろう。辛うじて前の椅子の背にもたれかかった私の前で若宮大名取はあまりに優雅にこう舞い納めた。<力が抜ける思いもしたが、もはやそんなことはどうでもいい。確かなのはこの歌が多くの人に愛され、日韓をつなぐ歌でも有り続けることではないか>。力が抜けたのはこちらなんですけど。とほほほほ。 日本は悪かったと言いたいことは言った上で、オチを知っていたから、「どうでもいい」ことにしかったのか。 どうでもいいなら、徴用のことで日本に文句は言わなくなるんだろうな?(どこの国の新聞だよ・・・) いや〜〜〜、日本の悪口、韓国人への同情から始まって、日韓をつなぐ歌に変わるとは。 さすがは朝日新聞。 タダだったら、毎日読みたいです。 近所に「朝日BOX」ないかなぁ? しかし、最初はゆっくりとじっくりと日本の悪口を舞っている様子を語り、最後で「どうでもいいこと」を"物凄いスピードで"、と表現する勝谷さんの文章も素晴らしく面白いです。
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