ニャンコの背中

野良猫みけと家ねこさくら&奈々&ちゃこの楽しい日々をご紹介〜忙しくなりました。コメント返しができないかも

みけ物語

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今日は最終回。
もとのボランティアの方々の部屋に戻って来ました。相変わらず、いろんな猫がいます。怖いし狭いし私は檻の中でじっとしている生活となりました。「大きくなった猫のもらい手はいるかしら」と青田さんがため息をついてます。
ある日、「おーい、わかるか」という声がします。誰だかわかりませんので、じっと隠れていました。私は車に乗せられました。そして家の中に入りました。私はゲージの隅で、じっとしています。どうやらキッチンのようです。「あれ、このにおいは。。。もしかして!?」私はおそるおそるゲージから出てきました。「おかえり、みけ」ママさんが泣いてます。「おかえり、みけ。怖かったろう。あれから二人で話したんだ。みけがいなくて本当に寂しいねって。僕達はぬいぐるみのつもりでみけを飼おうとしていたんじゃないかって。みけだって生き物なんだから、走り回るだろうし、叫ぶ時もあるだろう。それがわかったのでもう一度チャレンジさせて下さいって青田さんに頼んだんだ。みけ、もう離さないからね。うちの子なんだよ」パパさんが半分笑いながら、半分泣きながら話しています。「毎日、パパさん・ママさんと一緒なんだね。わーい」私はうれしくて走り回りました。でもママさんももう怖がっていません。
こうして、2004年11月から私はパパさんたちと暮らしてます。今でも時々はしゃぎすぎて、冷蔵庫の上に乗ったりすると怒られてますが、毎日元気に暮らしています。

これで、みけの野良猫物語はおしまいです。でもまだ、完全家猫への変身は挑戦中です。ひざの上には乗りますが、抱っこはできないし、キャリーバックには入らないので、病院に予防注射にも行けません。爪は切れないし、シャンプーもできません。完全家猫への奮闘記は「今日のみけ」日記で今後お伝えしていきますね。
つたない文章、最後まで読んでくれてありがとうございました。(by パパさん)

今日は5回目。
その後すぐ、私は動物病院に連れて行きました。「さあ、もう子供生まなくてもよくしようね」と先生が麻酔をかけておなかを切り始めました。「おや、もしかして。。。子供が4匹おなかの中にいるぞ。妊娠していたんだね。こんなにがりがりにやせていて出産していたら体はもたなかっただろうね」と先生は言いました。
眼が覚めると、ゲージの中ですが知らないところです。まわりに知らない猫が5−6匹いて「おまえどこからきたんだあ」とちょっかいを出してきてとても怖いです。毎日毎日ぶるぶる震えていました。
数日後、私はまた車に乗せられました。「どこに行くんだろう」と思っていると、どこかの家の中に入っていきます。「みけ、みけ、大丈夫だよ」という声が。「うん?誰だ?どこかで聞いたような」と思い、ゲージの間から覗いてみるとパパさんとママさんがいます。「今日から、ここの家の子なんだよ。ボランティアの方にお願いして引き取ることにしたんだよ。」とパパさんが笑顔で話してます。
「やったあ、やったあ、毎日パパさん・ママさんと一緒にいられるんだ!!」私はうれしくて、走り回りました。
パパさん・ママさんは、はじめて猫を飼うようで、おそるおそる私に接してました。でも私は野生の血が騒ぎ出して毎日走り回ったりテーブルに飛び乗ったりしました。
そのうちパパさんとママさんがよく喧嘩をするようになりました。「もう、こんなに暴れるんじゃあ家では飼えないわ。私怖いの。やっぱりのらを家猫にするのは無理なのよ。」とママさんが泣いています。「そうかもしれないな。おまえが病気になってしまうものな。」とパパさんも言ってます。
そして、数日後青田さんがまたやってきて「さあまた戻ろうねえ」と言って私を捕まえました。「いやだよ。ここにいたいの。パパさんと一緒にいたいの」私は大声で泣きました。「ごめんね、みけ。」ママさんが泣いてます。「誰かにもらわれて行くんだよ」パパさんも泣いてます。
そしてまた私はひとりぼっちになりました。

さよならパパさん

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今日は第四回。
体が衰弱していっている私に声をかける人がいました。
「お母さんも子供達も私が保護してあげるからね」それは、ノラ猫の保護活動をしている青田さんという女性でした。近所の人々とトラブルを起こしている猫を保護し、避妊手術をし保護センター一時預かり、もらい手が現れるまでまつのです。
「このままここにいたら5匹とも死んでしまう。早速捕獲しましょう」と青田さんは言い、翌日捕獲用のゲージを持ってきてエサをセットしました。おなかがすいていた子供達はすぐに捕まりました。そして我慢していた私もついに捕まってしまいました。せまいゲージに入ったわたしは大声で「パパさん、パパさん助けて!」と鳴きました。するとパパさんが出てきて「おとなしくしているんだよ。大丈夫だよ」と泣きながら話しかけて来ました。まもなく車が来て私も乗せられました。「さよならパパさん、ありがとう」私は大声で叫びました。「大丈夫だよ、みけ」パパさんも叫びました。さよなら、パパさん。。。

今日は3回目。
その後はパパさんや近所の人々(4軒ぐらい)にかわいがってもらい、楽しい日々が続きました。
ところが2年前の2月にまたア太郎がやってきて私を襲い、2度目の出産をします。
今度も4匹生みました。「今度こそはこの子たちを絶対に死なせないようにしよう」と思い、必死で育てました。パパさんの家でえさをもらっても、自分は食べないで子供たちに分け与えました。
そんな努力の甲斐があって、4匹ともすくすくと育ち4ケ月がたちました。私たちはいつも一緒で5匹がかたまって、道を歩いていました。
それがいけませんでした。「やだわ、5匹もいる!この調子で増えたらどうなるのかしら」と近所の人々が騒ぎ出しました。
えさをくれていた人々も自分の責任になったら困るので、だんだんエサをくれなくなりました。
パパさんも困っているようで「うちで5匹も飼えないなあ」と途方にくれていました。でも子供達は育ちざかりです。私は自分はほとんどエサを食べずに子猫達に分け与えました。
その結果、がりがりに私はやせてしまい、生命の危機を感じ始めました。
「このまま、死んでしまうのかしら」と思い始めました。

初めての出産

今日は第二回目です。
はじめてパパさんからエサをもらってからちょくちょく家の前で待っていると、パパさんがエサをくれるようになりました。最初は家の外で食べていましたが、パパさんがドアを開けてくれたので、玄関で食べ、そのうちキッチンまで入って食べるようになりました。なぜかこの家は怖くなかったのです。でもノラなので食べ終わるとドアの前で「にゃーん、外に出たいよう」と鳴くとパパさんが出してくれました。
そのほか、3−4軒の家でもエサをもらって暮らしていて、寝泊りはパパさんの家から3軒先の家の物置の下に隠れて寝ていました。パパさんは夜エサをくれたのですが、ドアにベルがついていたので、私を呼ぶとき、「チリンチリン」とそのベルを鳴らしました。私はそのベルの音が聞こえると全速力で走っていきました。「すごい早いねえ!」とパパさんはいつもほめてくれまました。
そんなある日、ア太郎というこの界隈のボス猫が私にひつこくつきまとうようになってきました。私は嫌だったのですが、その腕力に屈し、とうとう襲われてしまいました。そしてはじめての妊娠。出産。4匹の子供達を生みました。
「チリンチリン」っとパパさんが呼んでいるのがわかりましたが、赤ちゃんがいるので離れられません。「あの家に行きたいなあ」と思っているとパパさんが私をみつけてくれました。「無事うまれたのかあ、よかったなあ」とパパさんは泣きながら話しかけてくれました。私もうれしくてごろごろ喉を鳴らしました。でもしばらくして子猫たちはみんな死んでしまいました。
兄さんのニーもどこかにいってしまいました。

私はひとりぼっちになってしまいました。
でもパパさんのチリンチリンがなったら全速力でドアまで行き、たくさん甘えました。うれしかったにゃあ。

今日はここまで。その後私は二回目の出産をし、大きな転機を迎えるのです。

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