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「五・七・五」で生まれた敦賀気比と松山東の“友情”

デイリースポーツ 4月9日(木)11時0分配信
 今年も熱戦が繰り広げられた選抜高校野球。12日間の戦いを振り返ると、前半は82年ぶり出場で1勝を挙げた松山東(愛媛)が盛り上げ、後半はエース・平沼翔太投手(3年)を中心に頂点に駆け上がった敦賀気比が、その強さで聖地を沸かせた大会だったように思う。

 松山東と敦賀気比。大会の主役を務めたこの2校の間には、3月21日の開会式で“友情”が芽生えていた。

 選手宣誓の大役を務めた敦賀気比の篠原涼主将(3年)が、宣誓文の中に「グランドに チームメイトの笑顔あり 夢を追いかけ 命輝く」という短歌を盛り込んだ。このアイデアについて同主将は「正岡子規の母校でもある松山東さんが出場されるので」と説明。そのコメントを伝え聞いた松山東の選手や学校関係者らは大いに喜び、敦賀気比ナインへの感謝を口にしていた。

 「これも子規がつないだ縁。敦賀気比さんのおかげで短歌や俳句が注目されて、ウチの部員たちも喜んでいます」。そう話したのは松山東の俳句部の顧問・森川大和教諭(32)だ。

 毎年夏に行われる「俳句甲子園」で2度の全国制覇を誇る同校俳句部。先輩・子規の志を受け継ぐ7人の部員は、82年ぶりのセンバツ出場が決まった際に「ここに集へ 正東風(まごち)に校歌 響かせん」という句を野球部に贈っている。

 その句に込められた願いは、そっくりそのまま現実のものとなった。二松学舎大付との1回戦には全国から卒業生ら、7000人を超える大応援団がアルプスに集結。地鳴りのような声援に後押しされたナインはセンバツ初勝利を挙げ、大音量の校歌が聖地に響き渡った。アルプス席で観戦した7人の俳句部員は「桜東風 校歌を刻む ためにあり」と誇らしげに詠み上げた。

 敦賀気比・篠原主将が詠んだ短歌もまた、そのまま現実の風景となった。そこに描写されたように、初優勝を果たした敦賀気比ナインはマウンドに集まり、篠原主将は輝く笑顔でチームメイトと抱き合ったのだ。

 俳句や短歌の世界に革命を起こした明治の偉人。野球もこよなく愛した子規の情熱が、時を越えてこの2校に乗り移っていたのではないか…。ふとそんな妄想が頭をよぎる、春の甲子園だった。(デイリースポーツ・浜村博文)

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 それを醸し出すのが、130年を超えるこの学校の気質だろう。
 いつもは松山の、のんびりした気候に身を委ねて過ごす。しかし何か楽しげなことがある、事件が起きるなどすれば、「こりゃ、大ごとじゃ!」と、生徒たちは一斉に目を覚まし、瞬時に役割分担が完了し、面白いように各ミッションが遂行される。
 たぶん漱石先生から今の教師陣に至るまで、時折「いらっ」とさせられながらもほほえましく感じただろう松山中〜松山東に通底する団結、集中。
 例えば、関係者名簿の洗い直しからチケットやバスに同窓会場の手配まで、卒業して何十年もたつ各年代のOBたちも、あっという間に完遂。母校で培った気質を遺憾なく発揮した。
 そして、在校生たち。各所で報道された通り、100メートル×60メートル程度のグラウンドに、サッカー部、ラグビー部、ハンド部そして野球部がひしめく。ボートなど他部も含め全国出場を狙う強さを秘める。
 野球部だけが頑張っているのではない。野球部だけが「勉強せえよ」と言われる訳でも、野球部だけ狭い思いをしているのでもない。それをしっかり理解しているからこそ、工夫に工夫を重ねた練習も選手らは当然と受け止める。チーム内外の課題難題を完璧にマネジメントした堀内監督以下、部員たちは一つになった。
 だから野球のユニホームを着た東高生たちは、その一員として“くだんの気質”を爆発させることができた。集中力勝負のセンバツという大舞台なら、なおさらだ。
 亀岡−米田のバッテリーが柱となり、他の選手も自身の役割遂行に集中した。
 選手だけではない。1回戦の前夜、ベンチ入りはかなわなかったがデータ班として連日、深夜まで“戦った”向井は、完成させた分析データをチームに届けると、精根尽き果てて自室へたどり着けず、宿舎の玄関で寝ていたそうだ。
 女子マネジャーたちは「緊張している選手、眠そうな選手がいたら、お尻に“モミジ”を作ってやりますよ!」とこちらも戦いの列に加わった。
 プロが注目するような選手が多数いる高校。そうなるための努力や周囲の支援や環境整備などは本当に大変で、そこで夢をかなえようとする生徒たちは、高校野球の華として欠かせない。
 一方、強烈な母校愛で何かあれば瞬時に団結、スタンド、グラウンド区別なく一丸で戦う姿も、甲子園は肯定してくれたように感じた。
 付け焼き刃で、子規をググッてみた。東高(松山中)野球部ができて3年後、1895年の句、らしい。
 「初東風の烏帽子わつかに動く哉」
 『東』の吹かせた春風が、ほんのちょっとだけでも高校野球の長い歴史に彩を添えたとするなら、大先輩もうれしいことだろう。
(デイリースポーツ・西下 純=83年松山東卒)







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