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旦那ちゃんです。
マンモに代わって投稿します。 マンモの遺言なので・・・。 上手く文章書けませんが、許してください。
『平成25年2月20日(水)午前11時46分、マンモは星になりました。』
生前、「オラに何かあったら、ブログに星になったと書いておいてね」と言われていました。
マンモの最後は、旦那ちゃん、アンポン(娘)、ゴンボ(息子)、カヨチャン(母)、チャオジイ(父)の家族全員が見守るなか、静かに、本当に眠るように、息を引き取りました。
2月16日(土)、「どうしても家にいたい。家族と一緒にいたい。」と、無理矢理、病院から退院してきたマンモですが、慢性的な痛みは、点滴の薬に変更しても退くことなく、さらに痛みを増し、2月19日(火)、あんなに病院へ行きたがらなかったマンモが、自分から病院へ行っても良いと言いました。
救急車を呼び、緊急入院。 旦那ちゃんは一晩マンモに付き添うことになりました。
夜中12時頃までは、薬でスヤスヤと眠っていましたが、段々、痛みを訴えるようになり、朝方には、通常の痛み止めでは、全く効かない状態になってしまいました。
2月20日(水)午前8時20分頃、カヨチャンが、子供達を学校へ送りだした後、病院に駆け付けてくれました。
痛みがピークに達し苦しむマンモ。 医師には「もう鎮静剤で眠らすしかない。」と言われましたが、何とか意識のあるうちに子供達に逢わせたいと思い、急遽、チャオジイに子供達を病院に連れて来てもらいました。
10時30分頃、アンポン、ゴンボがチャオジイに連れられ病室へ。
それまで、痛み、苦しみ、もがいていたマンモでしたが、子供達が来たことを知ると、子供達に苦しむ姿を見せまいと、必死に痛みに耐え、体を起こし、目を見開き、ニッコリとアンポン、ゴンボに微笑みかけました。
そして、両手を広げ、私達家族と抱き合うと、「ありがとう、アンポン、愛してるよ。 ありがとう、ゴンボ、愛してるよ。 ありがとう、旦那ちゃん、愛してるよ。 カヨチャン、チャオジイ、ありがとう、愛してるよ。」と・・・・
「ありがとう、おかあさん!」「愛してるよ、お母さん!」「ありがとう、マンモ!」「愛してるよ、マンモ!」・・・・
そして、マンモは、意識を失い、スースーと眠りに・・・。 鎮静剤を打つことなく、穏やかな表情で・・・。
その後、10分ほどで息が止まり、つづいて5分ほどで心臓が止まりました・・・。
最後の最後に、家族みんなで、ちゃんと お別れの挨拶が出来ました。
マンモは、そのために、必死に痛みと闘い、意識を保っていたのだと思います。
ありがとう、マンモ。
あなたは、何て、凄い人なんだ。
私は、あなたが妻だったことを、本当に誇りに思います。
乳ガン宣告を受けてから、6年9ヶ月。
長い、長い、闘いでしたね。
やっと、痛みから解放されましたね。
本当にお疲れさまでした。
41才と言う、一般的には、短い人生と言えるのでしょうが、この病気があったから、いろんな人に出会い、いろんな人に支えられ、いろんな所に行き、そして、いろいろな思い出を、たくさん、たくさん、普通の人生と比べても、2倍、3倍以上、本当に濃い内容の人生を送れたと思います。
マンモ! 本当に、本当に、ありがとう!! 愛してる! チュッ!
皆様には、長い間、応援していただき、本当に、本当に、ありがとうございました。
マンモの日記は、これで終わりますが、マンモは永遠に、私達の心の中で生き続けます。
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