西方見聞録

新たな記事を滅多に書かなくなりましたが、管理はしています。

運慶・快慶を巡る旅

すべて表示

快慶を巡る旅

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

今年は運慶・快慶ファンにとって見逃せない展覧会を二つの国立博物館が企画している。

・奈良国立博物館で開催中の『特別展 「快慶 日本人を魅了した仏のかたち」』(平成29年(2017年)4月8日(土)〜6月4日(日))
・東京国立博物館で開催予定の『興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」』(平成29年(2017年)9月26日(火)〜2017年11月26日(日))

GWに奈良国立博物館へ出かけてきた。このような一人の作家の回顧展では、普段、所蔵先へ行っても見ることができない作品にまとめて出会う事ができるだけではなく、良い照明で至近距離で観覧できる利点がある。快慶仏については、海外にも数点が所蔵されているので、今回のように海外流出した全てを呼び寄せてくれたことはとても有り難い。

仏像の後背や台座は後補の場合も多いが、展覧会ではしばしば外されている。また、所蔵場所での拝観は、その場所での信仰の対象としてどのように大切にされてきたかを直に知ることができる良さがある。

今回の特別展で、ほとんどの快慶仏にお会いできたことになり、私の「快慶仏を巡る旅」は一つの区切りを迎えた。運慶仏が初期から晩年に至まで比類のない完成度を誇って文字通りの「天才」を感じさせるのに対して、快慶仏については、初期に造られた醍醐寺三宝院の弥勒菩薩坐像が堂々とした大きさと素晴らしい完成度であるのは例外で、晩年に至るまでの作風の進化を展覧会で確認することができた。運慶が源氏と北条氏、幕府などに関係する仕事に携わったのに対して、快慶は東大寺と興福寺などの仕事の他、民間への仕事にもかかわったので、かえって現存作品が多いようだ。とりわけ、鎌倉時代に他の仏師も制作した約90センチメートルの阿弥陀如来立像は、快慶にとってのライフワークだったのでたくさん残っている。

今回の『快慶展』での出品内容には満足しているが、一つだけ惜しいと思うのは、光臺院所蔵の阿弥陀三尊像に出会えなかったことである。数年前、事前にお願いして光臺院に拝観させていただいた阿弥陀三尊像こそ、快慶の最高傑作だからである。完成された最晩年の様式の阿弥陀如来立像に加えて、観音菩薩と勢至菩薩の3体が見事な後背を付けて並ぶ姿は見事である。同じ高野山にある遍照光院の阿弥陀如来立像が「朝のお勤め」の時にしか拝観できないので、遍照光院の宿坊での一泊に合わせて拝観すると良い。

制作年が明らかな次の2件の国宝は快慶の代表作であり、是非とも現地で拝観していただきたい。

・浄土寺(兵庫県小野市)阿弥陀三尊立像 1195 - 1197年(建久6 - 8年)頃(浄土寺縁起) 国宝
・安倍文殊院(奈良県桜井市)文殊五尊像1201 - 1203年(建仁年間)(文殊像像内墨書) 国宝
*慶長12年(1607年)に補作された大聖老人像を除く

奈良の唐招提寺と共に、建物と仏像が共に国宝に指定されている数少ない例である兵庫県小野市の浄土寺の阿弥陀三尊立像は、浄土堂と完全に一体化している。堂内に差し込む光が、極楽浄土を演出するように造られているからである。快晴の日、7月下旬の日没直前、2月初旬の午後2時頃が一番のお勧めである。7月下旬に南から差し込む光が床に反射して、堂内全体が天井の大仏様の赤い色とミックスしたオレンジ色に変わっていく空間の中に立つ巨大な金色の阿弥陀様のお姿を想像できるであろうか。その感動は現地でしか味わうことができない。天気次第ではあるが、遠方からなら、姫路とセットで旅程に組むとかなり贅沢な旅を満喫できる。

事前予約が必要な舞鶴市と宮津市の4体は、金剛院が紅葉の名所であるばかりではなく重要文化財の三重塔も見事なので、現地に足を運んでみると良い。

・如意寺(京都府宮津市)地蔵菩薩坐像(像内墨書)
・松尾寺(京都府舞鶴市)阿弥陀如来坐像(頭部内面墨書) 重文
・金剛院(京都府舞鶴市)執金剛神立像(足枘墨書) 重文
・金剛院(京都府舞鶴市)深沙大将立像(足枘墨書) 重文

『特別展 快慶 日本人を魅了した仏のかたち』図録の谷口耕生著「快慶と絵様―御仏の相好を写す」では、快慶仏の多くが、当時オーセンティックと考えられたと思われる大陸からの伝来画像などを元に造られたとされており、今回の展示でも一部の像については、画像と共に展示されている。今回は出品されていないが、『別冊 太陽 運慶 時空を超えるかたち』の山口隆介著「快慶の軌跡と造像」では、愛知県の西方寺阿弥陀三尊来迎図(明時代)と浄土寺の浄土寺阿弥陀三尊立像は、「印相や持物はもとより、特徴的な細部形式まで一致する」と述べられている。松尾寺にもよく似た同系列の画像、阿弥陀三尊像(高麗時代後期)が伝来しており、仏教美術が成立する過程を示している。



快慶の作品(●拝観したことがある ○拝観したことがない)

銘記等から真作と確認されているものの一覧である。「重文」は「重要文化財(国指定)」の略。
*奈良国立博物館特別展図録『運慶・快慶とその弟子たち』(1994年(平成6年)5月28日〜7月3日) を主な資料として作成。銘記については『日本彫刻史基礎資料集成 鎌倉時代 造像銘記編 総目録』による。阿弥陀三尊像(高麗時代後期)


初期(「仏師快慶」銘)

●ボストン美術館 弥勒菩薩立像 1189年(文治5年)(像内納入経巻奥書)興福寺旧蔵。


「巧匠安阿弥陀仏」時代

●醍醐寺三宝院(京都市)弥勒菩薩坐像 1192年(建久3年)(像内朱書) 重文
●石山寺(大津市)大日如来坐像 1194年(建久5年)頃(像内墨書) 重文 
●遣迎院(京都市)阿弥陀如来立像 1194年(建久5年)頃(足枘墨書) 重文
●浄土寺(兵庫県小野市)阿弥陀三尊立像 1195 - 1197年(建久6 - 8年)頃(浄土寺縁起) 国宝
●金剛峯寺(和歌山県高野町)孔雀明王像 1200年(正治2年)(像内朱書[5]、高野春秋) 重文
*像内銘は後世に書き直されたものだが、像の制作は1200年頃とみられる。(『運慶・快慶とその弟子たち』による)
●東大寺(奈良市)僧形八幡神坐像 1201年(建仁元年)(像内墨書) 運慶も小仏師として結縁か 国宝
●耕三寺(広島県尾道市)宝冠阿弥陀如来坐像 1201年(建仁元年)(像内墨書)伊豆山常行堂旧蔵 重文
*熱海市伊豆山浜生活協同組合所有(伊豆山郷土資料館保管)の菩薩像2躯は本像の脇侍であったものと推定される。
(『特別展 快慶 日本人を魅了した仏のかたち』図録による)
●悲田院(京都市)宝冠阿弥陀如来坐像(頭部内墨書)「特別展 快慶」(2017年開催)による。
●浄土寺 阿弥陀如来立像(裸形像) 1201年(建仁元年)頃(浄土寺縁起) 重文
●新大仏寺(三重県伊賀市)如来坐像 1202年(建仁2年)(頭部内面墨書)頭部のみ当初のもの 重文
●東大寺南大門 金剛力士立像 1203年(建仁3年)(阿形像持物の金剛杵内面墨書) 運慶らとの共同制作 国宝
●東大寺俊乗堂 阿弥陀如来立像 1203年(建仁3年)頃(足枘に「アン」(梵字)の刻銘、東大寺諸集) 重文
●醍醐寺三宝院 不動明王坐像 1203年(建仁3年)(像内墨書) 重文
●安倍文殊院(奈良県桜井市)文殊五尊像(慶長12年(1607年)に補作された大聖老人像を除く) 1201 - 1203年(建仁年間)(文殊像像内墨書) 国宝
●松尾寺(京都府舞鶴市)阿弥陀如来坐像(頭部内面墨書) 重文
●西方寺(奈良県山添村)阿弥陀如来立像(足枘墨書) 重文
●八葉蓮華寺(大阪府交野市)阿弥陀如来立像(足枘・像内墨書) 重文
●安養寺(奈良県田原本町)阿弥陀如来立像(足枘墨書) 重文
●遍照光院(和歌山県高野町)阿弥陀如来立像(足枘墨書) 重文
●真教寺(栃木県足利市)阿弥陀如来立像(像内墨書)
●東京芸術大学 大日如来坐像(像内墨書)
●如意寺(京都府宮津市)地蔵菩薩坐像(像内墨書)
●メトロポリタン美術館(ニューヨーク)地蔵菩薩立像(像内墨書)
●金剛峯寺 四天王立像のうち広目天 重文(広目天像足枘墨書および像内納入文書)
●金剛院(京都府舞鶴市)執金剛神立像(足枘墨書) 重文
●金剛院(京都府舞鶴市)深沙大将立像(足枘墨書) 重文
●金剛峯寺(和歌山県高野町)執金剛神立像(像内墨書) 重文(2012年指定)。
*平成23年(2011年)9月3日、展示中の本像が転倒し一部破損した際に出来た開口部にファイバースコープを入れて調査した結果、胎内に『宝篋印陀羅尼』が納入されていることと頸部内面に「ア阿弥陁佛」の墨書があることが判明した。「ア阿弥陀仏」は「アン阿弥陀仏」の書き違いと考えられている。
●金剛峯寺(和歌山県高野町)深沙大将立像(上記執金剛神立像と対をなす)重文(2012年指定)
*重源の『南無阿弥陀仏作善集』に、高野山新別所に四天王像(現在、重要文化財)とともに執金剛神像と深沙大将像があったことが記録されており、本像と前出の執金剛神像がこれに該当すると推定される。


「法橋快慶」時代 法橋叙任は1203年(建仁3年)

●東大寺公慶堂 地蔵菩薩立像(足枘刻銘) 重文
●大圓寺(大阪市住吉区)阿弥陀如来立像(足枘墨書)


「法眼快慶」時代 法眼叙任は承元2 - 4年(1208 - 1210年)の間

○東寿院(岡山県瀬戸内市)阿弥陀如来立像 1211年(建暦元年)(足枘墨書) 重文
●光林寺(奈良県川西町)阿弥陀如来立像 1221年(承久3年)(足枘墨書) 重文
●光臺院(光台院)(和歌山県高野町)阿弥陀三尊像 1221年(承久3年)頃(中尊足枘刻銘、右脇侍足枘墨書) 重文
●西方院(奈良市、唐招提寺子院)阿弥陀如来立像(足枘墨書) 重文
○大行寺(京都市、佛光寺塔頭)阿弥陀如来立像(足枘墨書) 重文
●圓常寺(滋賀県彦根市) 阿弥陀如来立像(足枘刻銘)
●キンベル美術館(アメリカ、フォートワース)釈迦如来立像(足枘墨書)
●藤田美術館(大阪市)地蔵菩薩立像(足枘墨書) 重文
●随心院(京都市)金剛薩埵坐像(像内朱書) 重文
●大報恩寺(京都市)十大弟子立像のうち目犍連、優婆離(目犍連像足枘墨書、優婆離像像内墨書) 重文



奈良国立博物館の「特別展 快慶」(2017年開催)では、以下の作品を快慶作としている。

●正寿院(京都府宇治田原町)不動明王坐像 重文
*作風と寛正3年(1462年)に補作された台座に書かれた墨書に快慶作と書かれていることによる。


このほか、銘記はないが、作風から快慶作の可能性が高いとされている像として以下のものがある。

●知恩寺(京都市)阿弥陀如来立像 「特別展 快慶」(2017年開催)による。
○大御堂寺(愛知県美浜町)阿弥陀如来立像
○藤田美術館(大阪市)阿弥陀如来立像 「特別展 快慶」(2017年開催)による。


詳細不明ながら、『特別展 快慶 日本人を魅了した仏のかたち』図録の「未出陣快慶作品」に含まれている。

○安楽寺(三重県)阿弥陀如来立像



石山寺や醍醐寺などのように立派な伽藍がたくさん残っている所には、機会があればまた訪れたいと思うし、快慶仏の傑作に再会することを主な目的としては、浄土寺と安倍文殊院にも繰り返し訪れたいと思う。藤田美術館の地蔵菩薩立像は、保存状態が素晴らしくて塗装が鮮やかに残っている。まだお目にかかれていない阿弥陀如来立像と共に、いつか再会したい。光臺院(光台院)の阿弥陀三尊については、快慶のたどり着いた理想の姿であり、聖地高野山におられるということから考えても特別である。

写真:
5回分の関西訪問からなる。
\仍鎧(滋賀県大津市)の多宝塔
圓常寺(滋賀県彦根市)
浄土寺(兵庫県小野市)の浄土堂
ざ盥箟 糞都府舞鶴市)の三重塔
ゾ照寺(京都府舞鶴市)
κ彎噺院(和歌山県高野町)
Ц臺院(光台院)(和歌山県高野町)
奈良国立博物館


.


みんなの更新記事