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続き 惟神成り座す天神 (かんながらなりますあまつかみ)
芽は、根の力に従って地面に出てきて、さわやかな緑の枝葉を空高く
茂らせ、太陽の光から養分をとって幹へ送りながら、ぐんぐん上へ伸
びていきます。このお力が神産巣日神様(かみむすびのかみさま)の
お働きであります。
この時、種であった天之御中主神様(あめのみなかのぬしのかみさま)
は、根(高御座巣日神(たかみむすびのかみ))と芽(神産巣日神(かみ
むすびのかみ))に分かれても桃の木(高天原(たかあまはら))という
一つの名前の樹木(世界)なのですが、お働きとしては、中心の幹で一つ
に帰一させながら、枝葉から送られた養分を根へ ― 根からの養分を
枝葉へと送って桃の木が大きく成長する、という『理(ことわり)』を
お創りになりました。
このように、唯一つの理念が三つの働きに分かれそれぞれの役目を
はたして現象に表現し更に元の理念に帰っていくという繰り返しの
成長によって、桃の木は大きく伸びて、美しい香りある花を咲かせ、
おいしい実をならせることが出来るのです。
隠身(かくりみ)というのは、『桃の木の、姿・形という身に隠れて
いながら、それを表現している力・法則・生命等の世界』ですので、
目に見る事は出来ないけれども、写し出している本当の神様です。
神というのは、かくりみのカミであり、二つの正反対のお力が一つに
噛(か)み合って新しい世界を創る噛みのカミであります。
天之御中主神様は、高御座巣日神に思わしめ、神産巣日神様に表現
させてみました。
『明るく、楽しい世界は、少しの時間もかからずすぐ写し出
されます』天之御中主神様は、大変お喜びになりました。
ところが、神様は、原因も結果もすぐわかってしまいます。それに、
もっと困った事には、初めて写し出した時は大変満足するのですが、
同じものを二度写してみると二度目には、それほど楽しくなく、五度、
六度となると、何も感じなくなってしまうことでした。
『明るい ― 』ということも同じでした。「光を ― 」と言って
、初めて光の炷(とも)された時は、吾ながら感動したのですけれ
ども、明るさにもすぐ憤れてしまって、何も感じくなってしまう
のです。
本当に歓喜(よろこ)び … 咲楽(たのし)む世界を創るには、
どのような『理』をつくったなら良かろうか ―
いろいろと天之御中主神様はお考えになりました。そこで考えついた
ことは、『何でも、原因・結果がすぐ分かってしまうから面白くない
のだ-ということです。
それで、ものごとのはじまりの時は、水に浮いている油のように、
『どうしたら楽(よ)いか』と思い、考え、楽しむことと、あれ
これと考える中から、実際は自他は一つなのだけれども、正反対に
見える力や正反対の方向にむかう力や、その力がうまく噛み合って
いろいろと、美(うま)し国や事や物をつくり味わい楽しむ
宇摩志阿斯詞備比古遅神様(うましあしかびひこじのかみさま)と、
『空手自(くうしゅみずから)ら立って、天之御中主神の理想をより
具体的な世界に現象化していく』という無限創造の天之常立神様
(あめのとこたちのかみさま)が成(な)り出でました。この二柱の
神様も並んでいるように見えますが、この神様は、天之御中主神様の
心が『味わう情感(こころ)』と、『行動の悦び』の『理』をつくる
ことによって、 − 本当に歓喜(よろ)び…… 咲楽(たのし)む
世界-としたのです。
この五柱(はしら)の神は、実相・現象一切の中核にいますとともに、
すべてであるという、特別な、天之御中主神様、そのままの世界です。
この神様の世界は、特に尊びまして『別天神(ことあまつかみ)』と
申し上げております。
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ここまでgooにて転載させて頂きました。続きはまた明日転載させて頂きます。
傑作
2012/3/13(火) 午後 0:20 [ さざんか ]