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外と遮断された自衛隊
福田 私は三島さんとは大蔵省の同僚ですね。
三島 大先輩です。
福田 私が銀行局長から主計局長に変って、後任が愛知揆一君、三鳥さんはその下に配属をされて初めて入ってきたんですが、そのうちにゆくえ不明になっちゃった。そして最初に私がおやと思ったのは、あなたのおそらく処女作だろうと思いますが、『中央公論』で「大臣」というのを書いたね。
三島 そうです「大臣」が先で、もう一つ「訃音」というのを書いたんです。人の死んだ知らせですね。それは局長級の話なんです。
福田 それでえらい大転換をされて、こんどは白衛隊に入るという話を伺って、一度、自衛隊に入ったこ感想なんかもとくと承ってみたいと思っていたんですが、どうですか。自衛隊…
三島 自衛隊は、去年四十五日ばかり入っていろいろなところを隊付(たいづき)いたしました。私は、防衛問題というのは机の上でやるもんじゃない、ごちそうを食べながらやるもんじゃないという古い考えがあるものですから、どうしても隊食を一緒に食べて、一緒に駈けてやらないとわからないんじゃないかと思って入ったわけですが、非常に勉強になりました。
ああいうところで保たれている日本人の責任観念とか道義感とか、それから共同体意識、友情、同志愛、ああいうものが外と遮断されちゃってるのは非常に危険な気がしました。ぽくは、近代兵器がどうこうという問題はあまり興味がないんだけど、人間の間題ですから、ああいう人間をただそうやっておいていいのかしらという感じを、強烈に持って婦ってきたのです。やっぱり国の栄誉と自衛隊とを直結しなければいけないんだということを信念として持って帰ってきた。
福田 私も、これは自衛隊だけの問題じゃないと思うんです。国民全体が……同志愛というか、同じ杜会、同じ日本国、そういうものに対する連帯意識、それが非常に欠けている。これは政治問題としても杜会間題としても最大の問題だというとらえ方を私はしているんです。
三島 そうですね。
福田 戦後の国づくりからいいますと、日本は、ともかく終戦当時だれも夢にも見なかった、その夢のような生活ができるようになってきたわけですね。しかしこれは考えてみると経済的側面だけなんです。この体制が一体長く続き得るかというと、これは物質文明の栄える末路というものがある。それはローマに見てもポエニキヤに見ても、あるいは近く、英国あたりの経験でも、民族として、たくましく長く発展させるという道をたどっていない。
これはいま日本でも大きな問題です。国づくりの経済の面は一応、軌道にのった。しかしもう一つ、そういう杜会人、国家人としての日本人に魂を入れる問題、この間題はまだその緒(しょ)にもついていないという感じがします。私の考えでは、政治の姿勢というものは、経済問題はもう財界人にまかせて、政治はもっぱらそういう問題に取り組むべきだと思います。
三島 おっしゃるとおり、仏つくって魂入れずみたいなところに来ちゃっているんですね。自衛隊の話に戻れば、防衛大学は理工科学校、そこを出てきた優秀な青年も、結局いまの学生運動なんかの嵐の中にある大学の状況を知らないですから、お互いに、内と外、全然知らないでいるわけですよ。
たとえば早大なら早大という学校で、全学連に入っていない学生たちがどんなふうに疎外意識を持たされているか、どんなふうに少数者意識を持たされているかということは、とても自衛隊の若い将校なんかに想像もつかないらしいですね。そうすると、一般学生が思想的に引き裂かれた状況の中で、勉強しようと思っても、学校の先生の講義を聞くと、みんな唯物弁証法ばかりの講義を聞かされる。それに疑間を持てば自分で勉強するよりほかはないというような孤立感というものが、とてもこの自衛隊の中ではわからないと思うんですよ。しかも、いま杜会の一番きびしい嵐の中にいる隊員が、却って嵐の目のような静けさの中で、外の世界をわからないままに武器を持っているということもぼくは心配でしようがない。もっと相互の疎通をはからなければいけないと思いますね。
いまの学生なんかはほんとうにかわいそうですよ。学校へ行って高い月謝を払って聞かされる講義は、ただただ左翼のほうばかりでしょう。それで入学試験だって、場合によっては、普通の試験問題でも、先生に、一応阿諛(あゆ)するような答案書けばいい点数になる。学生問題は、竹山(道雄)さんもおっしゃるとおり一番問題で、学園の問題、革命主体と学生を考える考え方の問題……。
三島由紀夫著「若きサムライのために」
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