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昭和元禄の世相
三島 そうですね、もうそういう時期が来ていますね。徳川三百年の泰平といいますけれども、あの当時だから三百年なんで、私はもう二十年で三百年くらいの泰平は…-みんな、もうやるだけのことはやっちゃったと思いますよ。ここらで再整理をしなければ、とてもいまの激しい国際情勢の変化の中で、同じからの中にとじこもった姿勢は続けられない。
オーストリーの首相が新聞で、永世中立の条件としては、自分の領土内において、領土内を侵されないように外敵から守るということは、国際的な義務だとはっきりいっておりますけどね。義務感ですね。自分の国を自分で姶末するというのは義務だというところまでもって行かなければならない。
先ほどからのお話を伺っていますと、マイホーム主義でも国の姿勢でも、これは確かに日本にとっては近代化の一つの必然的過程だったかもしれない。というのは、昔は金に困ると友だちの下宿へころがり込んで一月くらい食ってても何ともなかった。それから東京で食いつめると親のうちへ帰って食わしてくれた。どこかにゲマインシャフトがあってかばってくれたんですね。そして人に迷惑をかけることはわりにみんな平気でね。日本では、酔っぱらいは幾ら酔っぱらってヘドを吐いても、みんな、ああ酔っぱらいだからといって許してくれる。近代的個人の自立性というものについては、日本の社会は非常に寛容だったですね。
それが戦後、何とか自分のことだけは自分で始末つけろということになった。で、始末つけたと、始末つけたのに何が悪いんだという気だってあるわけですよ。
福田 私は、だからそういういまの世の中の風潮を、一言で昭和元禄だといっているんですが、あれは六、七年前、池田内閣のときからいっているんです。私も日本社会をますます発展させたい、そしてみんなが生活環境をよくする、これはこいねがっていますが、それで一体足りるんだろうかという疑問を持つわけですね。そして問題を提起するという意味において、昭和元禄論というものをいい出したわけなんですが、最近は、そのことばをとらえていろんな人がいろんな角度から批判をしてくれますよ。
三島 そうですね、ぼくも実際そう思いますね。元禄時代によく似ていますし、ぼくは自衛隊のひいきじゃないけれども、元禄時代のさむらいよりも自衛隊のほうがずっと強いですよ。
福田 そうですか……。
三島 あの当時は『武道初心集』なんかにもよく出ているが、とにかく、朝、殿さまにいてきて、そして寒いときに塀の外でお昼過ぎまで待たされるというのでブーブーいって、とてもそんな長いこと待っていられないくらい弱くなってしまった。非常に弱くなったのですね、あの当時のさむらいは。それから公金といいますか、社用族みたいなのがいま以上にひどかったし、おしゃれの話とか何の話とか、そればかりやってるのも、いま以上だったかもしれないですね。
福田 それから、いまベトナム戦争が世界の注目を浴びているわけですが、あのベトナムを、日本の陸軍は一月そこそこで占領しましたね。あの強大な陸・海.空軍を備えているアメリカが、何年になりますか、数年間てこずっているということをどういうふうに見ていますか。
三島由紀夫著「若きサムライのために」
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