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基調は変らぬ争覇時代
福田 ジョンソン大統領の三月三十一日の声明ですが、あれ、たいへんな声明だというんで、国内でも騒いでいましたね。私は国内であんまり騒ぎ回るのはおかしいんじゃないかという感じがしてならないんですがね。一つはあの声明によって世界の情勢がどう変ったか、そう変るという本質を持たない。つまりいまの世界は結局米ソの争覇時代だと考えるんですが、かりにそういう米ソ争覇という歴史の流れ、その流れの表面ではいろいろな変化がありますけれども、底はそういう流れがずっと今日も続いている。平和共存とか、あるいは雪解けというが、そういう名前のもとに、裏は激しい抗争が続いていると、こういう見方をしているんです。ですからその争いの中身がたまたまベトナムで噴火した。これがかりにベトナム戦争がやんで世界が平和になるかというと、やはりそうではなくてまた中近東に出てくるか、場合によるとこの機会に三十八度線に出てくるとか、どこかでまた
いろんな争いの現象が爆発してくるという感じがしてならないんです。
三島 大体北爆支持ということとベトナム和平を支持するということは論理的に一貴していると思うんですよ。というのは、北爆というのはそもそも手を出したんですからね。何のために手を出したかといえば、出した手を引っ込めればそれ以上何も損はしないで平和に持ち込める。これは一つのかけひきです。戦争をすぐに済ますには何かそういう手を講じなければならない。
北ベトナムは結局北爆停止を全面完全停止までゆかないでおりてしまったんですから、それだけの家庭の事情もあるに違いない。そして北爆支持自体が直ちにベトナムで永久に戦争を続けるということを意味しないことは当然です。
それから私、思いますのは、イデオロギーは大局的に見れば中和に向って進んでいるというふうに思います。というのは東欧諸国での自由化の激しい動きですね、ポーランドとかハンガリー、ユーゴスラビアの激しい動きと、同時に西独とか日本とかの自由諸国における激しい学生運動ですね。これはどっちもどっちですね。ぼくはおそらく同じものの力の逆な働きだというふうに見るんですね。現体制に不満ということですね。ですから大局的に見れば中和に向っているんだけれども、危険なのは分断国家ですね。
私は分断国家というものは、まだまだ世界の問題の根源で、朝鮮がいまやはり非常にむずかしいと思いますし、中共というのはそういう点で国際共産主義というものに対する一番の火の手だと思いますね。そういう分断国家の境目からすっと火が漏れてくることは十分考えられるでしょうね。
福田 一時は中ソ一枚岩といいましたね。そのころは自由主義陣営もかなりかたい結束だったんです。ところがこの一枚岩がくずれ、中ソが対立しているわけですね。そこで私は自由主義陣営にもまたゆるみが出てきているんじゃないかと思うんです。EECだの、ドゴール対ジヨンソンというような形がでていますが、これは中ソの分裂に対する反射的な性格というものがあると思うんです。そのまた自由主義陣営の動きを受げて東欧なんかでいろいろ反応をしているという考え方ですね。
私は二十一世紀のある時点では国際警察軍なんかできて、それで諾国無防傭というような非武装国際杜会というものが出てくるように思うんです。しかしそれまでの過程というものは自由か、共産か、そういう激しい戦いというものがずっと続いて行くんじゃないか、そんな感じがするんです。
三島全く同感ですね。
三島由紀夫著「若きサムライのために」
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