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天保の大ききん
 
「先生、初物(はつもの)の茄子(なす)がとれましたで食べてください」
天保四年(一八三三年)の初夏のことです。
「おお、今年はじめての茄子だね。ありがとう」
村人が届けてくれた茄子を金次郎は喜んでうけとりました。いろいろな贈り物を決してうけとらない金次郎でしたが、村人の丹精した野菜や穀物などは村人の汗の結晶ですので、真心のこもった尊いものとして納めていました。
 
 
金次郎は、折りにふれて村人たちに自分の考えたことを話します。
「どんな人にも、どんな物にも『徳』がある。その徳を掘り起こすのは人の力だ。そのままにしておくと何も実らない。皆は土に苗を植え、世話をすることで、土の持つ徳を掘り起こす。皆の仕事は実に尊い仕事なのだ」
村人たちは嬉しくなりました。
 
「どんな人にも、どんな物にも『徳』があるんだと」
「お天道(てんと)さまが照らして下さる天の徳、米や野菜を実らせる地の徳、そして、ご先祖さまに生かされ、人さまの働きで生かされている人の徳…」
「その徳に対してお礼を言うような気持ちで働けと二宮先生はおっしゃるだ」
 
「確かに、お礼を言いながら育てると、米や野菜もこたえてくれるな」
「そうだなあ」
村人たちは折りにふれ金次郎の話をきいているうちに、金次郎のことを敬い慕って「先生」と呼ぶようになりました。のちに金次郎も、報徳(ほうとく)を尊ぶ気持ちをいつも持っていたいと、二宮尊徳と名のるようになります。
 
 
さて、金次郎の妻なみは、村人の丹精の茄子をぬか漬けにして、ころあいを見計らって食膳にだしました。
「おやつ」
茄子を食べた金次郎は首をかしげました。もう一切れ茄子を食べて、金次郎は考えこんでしまいました。
「どうなさいました」
「うーん今は初夏だというのにこの茄子は秋茄子の味がするぞ。
ということは今の気候が秋と同じということだ。考えてみれば梅雨も長かったし、夏の陽も乏しい。これは大変だ。今年は稲が実らないぞ」
 
 
外へ飛び出した金次郎は、稲の生育状況をみたり、草をぬいてよく観察した結果、気候の上ではすでに秋になっていることを確認しました。
そしてすぐに村人たちを集めました。
「よいか。稗(ひえ)を蒔(ま)くのだ。稗は雑草のように丈夫だから、稲が実らなくても稗があれば食料は確保できる」
「でも先生稗はまずいだよ」
「いくら先生でも、前もって豊作か凶作か見とおせるわけがないよ」
村人たちは、ぶつぶつ言いながらも稗を蒔きました。
やがて秋になりました。金次郎の予想したとおり、この年はたいへんな凶作になりました。
 
 
飢饉(ききん)の対策を考えていなかった他の土地では、飢え死にする者も多く、目をおおうばかりの悲惨な状態でした。
桜町では稲は実りませんでしたが、丈夫な稗をたくさん作っていたので食料の不安は全くなく、近くの村々に稗の実を送ってやれるほどでした。
 
つづく
 
 
 

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サイタニ
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