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つづき 青木村の極楽普請(ごくらくぶしん)
勘右衛門(かんえもん)の願いが切実であることがわかって、金次郎は言いました。
「まず荒れ地の茅をすっかり刈るのだ」
勘右衡門はじめ村人たちは、村中総出で荒れ地に茂る茅を刈りはじめました。わずか三日間で千七百七十八束を刈りおえたのです。
金次郎はその茅を全部ふつうより高い値段で買いとりました。
「茅がこんな大金になるとは…。もっと早く刈っておけば家も焼かなくてすんだのに:…」
村人たちは目がさめたような思いでした。
更に金次郎はその茅で、青木村のお宮をはじめとして、こわれて雨もりしていた家々の屋根を全てふきかえてやりました。
「これで火事と雨もりの心配はなくなった。今度は、茅を刈りとったあとを耕そう。そうしたら次に、桜川にしっかりとした堰(せき)をつくろう」力づよい金次郎のことばに、村人たちは生き生きと刈りとったあとを耕しはじめました。長年の荒れ地が数ケ月で開墾されました。
いよいよ待ちにまった堰づくりです。
まず山の中から切り出した石や木などを運びます。山のように石や木材が運ばれると、
「川はばいっぱいの茅の家をつくってくれ」と金次郎は一言いました。
「堰をつくらないで家をつくれとは、ふしぎなことを言いなさる」
村人たちはそう言いながらも材木を橋のように渡して茅小屋をつくりました。金次郎が屋根に飛び乗り、つないである縄を切りますと小屋はたちまち水中に落ちました。
すばやく戻った金次郎は大声で言いました。
「それっ。小屋にむかって石を投げこめ」
石でいっぱいになった茅小屋はしっかりと川の水をせきとめました。この土台の上に堰をつくり、大小二つの水門をつくりました。普段は小さな門、洪水の時は両方の門がひらいて、大水の心配がないようにしたのです。村人たちは大よろこびでした。この工事は急いでやる必要がありました。途中で大雨が降って洪水がくると全てが台無しになるからです。
仕事がはげしいので賃金は多くあたえ、更に酒や餅やお茶をいつも用意しておいて、酒がすきなものは飲んでくれ。餅がいいものは食べてくれ。ただ仕事にさしつかえない程度にしてくれよ。疲れたものは休むがよいぞ」
と言っていたわり励ましましたので、人夫(にんぷ)も村人もよろこび働いて、わずか十日間この堰はできあがってしまいました。人々はこの工事のことを極楽普請といいました。
つづく
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