|
象徴としての天皇の虚位について
占領憲法は元首でない天皇、主権のない天皇、いつでも"主権をもつ国民“から馘首(かくしゅ)されても仕方のない虚位の天皇をつくったのである。主権が全国民にあるのだから、多頭国家ができあがったわけである。八岐大蛇(やまたのおろち)によって占領された恰好である。天皇は元首でないから、私が『憲法の正しい理解』の中で指摘しておいたように、「国賓を迎えられた場合、自衛隊の儀仗兵(ぎじょうへい)を閲兵する資格がないから、国賓が閲兵する間だけ、天皇はそっと片隅へ避けてしょんぼり立っておられる」と、武藤貞一氏も、「お気の毒で正視に堪えぬ有様である」と評しているのである。
天皇に主権がなくなったために、誰に主権があるかというと、国民のすべてに主権があるというわけであるが、実際は、国民は代議士を選挙のときに一票を投ずる権利があるというだけが民主主義というわけであるが、天皇には、一票を投ずることすら許されないのである。天皇には基本人権もなければ、選挙権も被選挙権もないのであり、一般国民には自分の名誉を穀損するような虚偽のことでも書かれれば名誉駿損で訴えることもできるが、天皇は悪口を書かれても、天皇は名誉段損で訴訟する権利もないのである。
象徴というものはシルシであり、符号であり、人間ではないからである。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より
|
全体表示
[ リスト ]




