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果たして憲法改悪か

民主主義のルールと実際
                                   昭和三十一年
 
もっとも民主主義というものは、多数決によるのを原則とするのであり、多数の集団による決議というものは群衆心理によって、すぐれたる少数の叡智よりもレヴェルが低くなるのであるから、本当によき叡智は群衆心理の多数決によっては得られない、従って私は民主主義というものは政治の最高原理ではあり得ないということを『限りなく日本を愛す』に「一人の叡智者の出現を待ちのぞむ」と書いて置いたのである。だから現在では民主主義だといっても多数の決議に持ち込むまでには、閣僚とか、委員会とか、少数幹部のブレン・トラストで政策を決定したり審議したりして、党議の決定となったものを、党員である代議士が、多少は自分の考えと異なっていても、盲判式(めくらばんしき)に賛成投票して多数決ということになるのである。だから、少数の意見を多数が雷同することを民主主義だといっているに過ぎないのである。
 
 
こうして、自民党の政策は自民党の少数有力幹部の意見であり、社会党の政策は、社会党の少数有力幹部の意見であるに過ぎない。(その後、社会党はその穏健派が民社党として脱党分裂の後、階級政党としての色を一層濃く、佐々木派等、社会党旧左派の幹部の意見が圧倒的であると見られる。今は民主党の中心を元社会党がにぎり、また社民党に分裂している。)そして党員の数は、どちらの政策に賛意を表する国民の数が多いかということを、
国民の代表である代議士の投票の数によって決定するために役立つのである。だから国民の賛否はそれを代表する代議士の賛否の投票数によって表現せられる。だから議会において賛成投票数の多い法案は、国民の大多数がそれに賛成していることを意味している。
その賛成投票者が多数であることを「多数の暴力」といって少数が「肉体的暴力」によって阻止することになると、少数が暴力を使用して国民の意志を蹂躙することになるのであって、一種の(部分的)暴力革命であるのである


果たして憲法改悪か
 
さて其の放送討論会をきいていると、自民党を攻撃するのに「憲法改悪」という形容詞をつけてすぐ議論するが、「改悪」か「改善」かは、その改めねばならぬ理由や由来や内容をよくきかないですぐ「改悪」という言葉で聴衆や読者の感情に訴えて「憲法を改めることは是が非でも改悪だ」と云うような印象をラジオや新聞で与えることは、ラジオや新聞が、社会党に味方していることをあらわしているのであって、これは、公平なジャーナリズムということはできないのである。社会党や共産党の弁士は、憲法改定が改悪であるという理由は、改定の目的が、再軍備を容易にし、再軍備は直ちに戦争に直結し、再軍備はアメリカの手先となる軍隊をつくることであって民衆の敵だ、その軍備費をけずって、貧しい国民を救うように使うべきだという風に説くのであったが私はそうは思わないのであります。


                    谷口雅春著「私の日本憲法論」より
 
 

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