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特集 なぜ憲法をかえなければならないか
民主主義の矛盾について
 
 
外人に国を倒す自由をみとめた現憲法
昭和四十三年
武藤貞一氏はまた一言われる。
「国家と個人主義とは絶対に両立すべからざるものだ。国家は共同の利益の結晶体で、すなわち公共体である。公共体は、大局的には個人の利益を防護するためのものだが、局部的には個人の犠牲の上に成立っている。権利義務の"義務"は犠牲と同意義である……」
 
民主主義憲法すなわち現行の日本国憲法は、結局個人主義憲法であるから、国家を防衛するためにはできていないのであるその成立の経過手続きそのものから、日本弱体化のためにつくって占領軍が押しつけたものであるから、国家を防衛する戦力も交戦権もみとめていないのは無論であるが、国民が言論で国家を倒す自由や、革命教育を行って国家を倒す自由をみとめているのであるから、この憲法が存続する限り、日本国家は累卵(るいらん)の危機にさらされているのであるこの憲法を楯にとって美濃部都知事は、学校の認可に日本を衛るという政治的配慮を用うべきでないとして、朝鮮人をして反日的言論と教育とで日本国を倒す自由をみとめて"朝鮮大学校"を公式に認可したのである。外人をして「日本国を倒すための言論と教育の自由」をみとめしめた日本国憲法こそ、世界唯一の怪物というべきである。
 
美濃部東京都知事が、灘尾文部大臣(当時)いうことをきかないで、知事の権限内のこととして、日本国覆減革命教育をほどこしている"朝鮮大学校"を公認したことは"知事選挙のとき共産党・社会党(現民主党)に支持されて当選したのでそれらの党の突き上げによる"との説をなす者もあるが、そうかも知れない、そうでないかも知れないが、民主主義が"下剋上"主義であるかぎり、このことのあるのは当然のことである。
 
「民主主義は、当然のことながら、階級と秩序と倫理と情操を打破する。生徒の民主主義は、教師を同列の人間としてこれを軽蔑することであり、生徒が教師を殴りつけたり、監禁したりするのは、民主的エリートの行為として称賛されねばならないし、また、子が親を、弟が兄を、妻が夫を虐待することが民主的理念に適(かな)い、いやしくもこれを逆にして、子が親に、弟が兄に、妻が夫に服従したり敬愛したりすることは、甚だしき民主主義の背戻行為(はいれい)であって犯罪に等しい。旧道徳、旧封建的、義理人情的な一切のものを踏みにじらなければ、民主主義とはいえない。民主主義とはそういうものなの
である」
 
と武藤貞一氏は喝破(かっぱ)している。国家を愛し、国家を衛るところの国に対する忠誠などという精神は封建的であるから、自国をつぶす革命教育を行う外人学校を公認し、国家の文教方針を代表する文部省の指示に反して、外人がいやしくもその首都にいて革命教育を現に行いつつあるものを許す。この怪物の正体をわれわれはよく見きわめなければならない。
 
〃下剋上"もここまで来ればすでに狂気の沙汰であるが、そういう者が進歩的文化人にとってはエリートなのである。日本弱体化のために押しつけられた日本国憲法の下に於いては、国家は個人の利益を擁護するための組合組織に過ぎないのであるから、個人の利益及び思想・行動の自由は、国家の存在権に優先するのである。国家が潰れようが、そんなことは個人の思想及び行動の白由の前には、顧慮する必要がない建前になっているのが現行の民主憲法なのである。
 
 
 
冷酷非情な唯物論の世界
 (過去記事2月24日掲載)
 
唯物論と民主主義とが結びつくとき、個々の人間の基本人権を尊重するという高い理想の名目の下に、理想に反する極端な個人主義が生れるのだ。そこには、個人の権利のみ人権として主張せられて「全体」に対する義務や奉仕がわすれられる「全体主義はいけない」と民主主義国家では考えられがちであるからである。しかし、全体が健康にならないで部分の臓器が健康になれるはずはないのである
 
現在日本の民主主義は唯物論に立脚しているが故に、人間と人間との関係は「物質」と「物質」との関係同様に扱われるに至るのである。
・・・・中略・・・・
 
そこにはただ非常な冷酷があるばかりであって温かい"愛〃はないのである。なぜなら唯物論的集団の世界に於いては、おのおのの人間は物質の一単位に過ぎないから、その離合集散は非情に行われるのが当然なのである。
 
人間を唯物論的に取扱うとき、
・・・・中略・・・・
祖先→父母→子孫というような生命のつながりも、霊魂のつながりもなくなる。子は父母に背き、祖先を無視し、祖先崇拝や父母に"孝養"などという考えは"古い"として棄て去られる。そして「個」のいのちは神から断絶し、祖先から断絶し、父母から断絶し、人間は独立独歩であると宣言する。独立独歩は壮大な宣言でよさそうであるけれども、それは神からも祖先からも父母からも断絶した独立独歩であるから、
・・・中略・・・
彼は唯物論的主義の生活に於いて避けられない孤独と寂寥(せきりょう)とに魂がさいなまれ、人生無意義の感ふかく、生き甲斐を失ってしまうのである。その結果、暴動学生になるか、フーテン族になるか、快楽主義者になるか、極端な利己主義者になるかが落ちである。
 
物質はただ非情な、電圧や水圧や、金力による圧カによって、機械的に物理的に動くのである。大学で争闘している学生の中には、一人日当千円で傭われて来ている者があり、警官の放水で濡れた者は、五百円の割増金がついているのだという噂をきいた時に、私は愕然(がくぜん)としたのである。かつて日教組の街頭行列による示威(じい)運動が和歌山に於いて行われたとき、やはり他県から日当で雇われて行列に来ているものがあるということをきいたことがあったが、それは汚れた大人のことであると思って気にもとめなかったが、純粋に「人類愛」という、幻想にせよ、錯覚にせよ、使嗾(しそう)によるにせよ、ともかく、高邁な理想を心に描いて、血を流すことをもいとわず、不惜身命(ふしゃくしんみょう)に邁進する学生たちだと思っていたのに、その中にそのような不純な者が混っていたときいては驚くほかはないのである。その"金“はいったいどこから出ているのだろうか、第三国からだろうか。日本の革新団体からであろうか。金銭で身を売って、同胞相争うて血を流すような冷酷非情の世界、それが唯物論に結びついた民主主義世界なのである。噫(ああ)!!私は世界全体の健全なる繁栄と幸福のために個人主義的民主主義の迷妄を払拭して、新しき霊的全体主義に人類が目覚めることを待ち望むのである。
 
 
谷口雅春著「私の日本憲法論」
 
 

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