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三、伯父の万兵衛
金次郎たちは、貧しいなかにも母子四人、寄り添い助け合って、暮らしていました。しかし父が亡くなって二年後、母よしも無理がたたったのでしょうか、床について十日ほどで三人の子供を残して死んでしまったのです。金次郎は十六歳、友吉は十三歳、末の弟の富治郎はまだ三歳でした。
友吉と富治郎は母の実家の川久保家にひきとられることになりました。そして金次郎は父方の本家の伯父、万兵衛の家で暮らすことになったのです。万兵衛は自分の弟の利右衛門が百姓のくせに学問好きであったために財産をなくしてしまった、と思っていました。金次郎こそは、みっちり鍛(きた)え立派な百姓にして、分家を再興してもらいたいと願っていました。
金次郎は骨身惜しまず働きましたが、夜遅くまで『大学』や『論語』などの本を読んでいます。
「本は読むな」
「本を読んでも一文にもならんぞ。本を読む暇があったらその時問で縄を絢(な)い、わらじをつくれ」と万兵衝は叱りました。
しかし金次郎は、『おれは働くだけの生活ではなくて、本も読みたい。本はいろいろなことを教えてくれる。はじめは難しくても、繰り返し読んで考えていると、だんだんわかってくる。どう生きればよいのかわかってくる』と思っていました。
金次郎はどうしても本が読みたいのです。ですから考えました。
『おじさんの家におせわになっていて、夜遅くまで油を使うというのはもうしわけないことだ。なんとか自分の働きで油が得られないだろうか』
『そうだ。油は莱種からとれるぞ』
金次郎は近くの友だちの家に行って、五勺(しゃく)(一合(ごう)の半分)の菜種を借りてきました。そして、それを川べりの荒れ地に蒔(ま)きました。やがて年が明け、春になると、仕事の合間にせわをした菜の花は、いっせいに黄色い花を咲かせました。六月になると菜種はすっかり実り、八升(しょう)(一升は十合)もの実がとれたのです。
これは金次郎にとって大きな体験でした。
『五勺の実が百六十倍にも増えた。おれはただ蒔いただけなのに。もし土に蒔(ま)かなかったならば五勺の実は五勺のままだ。土というものは何とありがたいものだろう』
土の持つ不思議な「徳」というものを、金次郎は初めて感じたのです。そして、それを掘り起こす百姓の仕事というものに目をみはる思いでした。
借りた分の菜種にお礼の分を添えて友だちに返し、残りを油屋にもっていきますと、油屋はそれを一升五合の油とかえてくれました。金次郎はその油でともした灯火(とうか)のもとで本を読みはじめました。
それでも万兵衛は、
「金次郎、本を読むな。早く寝ろ」と叱ります。
「伯父さん、おれは菜種を育てて油を手にいれました。だから本を読ませてください」と金次郎は頼みました。
しかし、万兵衛は、
「金次郎、おまえが自分の力で手に入れた大事な油だったら、それを学問なんかのために使うな。夜ふかしすれば次の日の仕事にもさしつかえるぞ。おまえは一日も早く家を再興しないといけないんだ。大変なことだぞ。本を読む暇なんかないはずだ」いと言いきかせます。
金次郎もさすがに伯父の気持ちが
わかって、「はい」と答えました。
つづく
財団法人新教育者連盟 「二宮金次郎」より
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2012年10月03日
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