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つづき 全体が先か部分が先か
東海道に豊橋と云う所がありますが、其処の○○の連合会長をしている人で薬学士の堀田実さんと云う人があります。この人は結婚なさいまして半年程したら、奥さんが両方の卵巣が絨毛上皮腫(じゆうもうじょうひしゆ)と云う病気に罹(かか)ったのです。これは毛布の毛のようなものが卵巣の粘膜に生えていくらでも増殖する病気だそうです。これは癌の一種で非常に危険な病気でありまして、放っておいたらそれが広がって死んでしまうと云うのであります。それで両方の卵巣を切除してしまったのです。ところがそれにも拘らず五人子供が産まれているのであります。
私はその話を聞きまして堀田さんに「それは非常に珍しい話である。僕が戦争中に上海へ行った時に、或る日本婦人が卵巣を両方切除したけれども子供が産まれたと云う人がたった一人あった。しかし日本では初めてだ、君その手術をした産科婦人科の医者は生きておるかね」と尋ねたら「生きております」と言う。そこで私は「両方の卵巣を切除したけれども子供が産まれたと言っても誰も信じない。そんな事あるものかと言う人が多い。だからその手術をした医者が生きているのなら『確かにこの人の卵巣は両方切除しました』と云う証明書を書いてもらって置きなさい。そうでないと卵巣がなくても子供が産まれたと云う証拠にならない」と私は言ったのであります。
それから十何年か経ちまして今から四、五年程前に、私がブラジルヘ行く前でありましたが、豊橋で講習会を致しました。その時、連合会長をしている堀田実さんが私を蒲郡の観光ホテルヘ案内するというので、堀田さんと自動車に同車して走っていた時に、私は「堀田さん、あなた奥さんを手術したあの産科婦人科の医者に証明書を書いてもらったかね」と尋ねましたところ、「先生、実は証明書を書いてもらいに行きましたらその医者が『確かに両方の卵巣を切除した。けれども一寸その卵巣の蔕(へた)を残して置いた。もし子供が産まれたのなら、その蔕から又卵巣が生えて完全な卵巣が出来たのでしょう』と、まあこう云うように言うんです」とのことでした。そしたら、当時私の随行をしておりました産科婦人科の徳久克己博士が、「先生、それは産科婦人科の手術としては良心的な手術なのです。もし蔕も何も残さずに全部切除してしまったら卵巣のホルモンが出なくなる。女性ホルモンが出ない為に、それで欠落症状と云うものに罹ってノイローゼだとか、体の各所にいろいろの故障が起こって来るので、良心的な医者は卵巣を切り取る時に紙一枚程その蔕を残して置くのです。それが正直な良心的な手術なのです」と説明されました。
ところで紙一枚程その卵巣の蔕を残して置いたら、それがもとのような完全な卵巣になって出て来ると云うことはどう云う意味であるかと云うことなのであります。それは目に見えない世界に、言い換えると理念的存在としての完全な卵巣の原型が実在するのであって、その原型の投影としての現象の卵巣は幾ら切ってもその奥に完全な卵巣の理念(霊的原型)が在る限りに於て、幾度でも、その原型の投影として具体的な姿を現わして来るのであります。即ち卵巣の全体の理念が先に在って、卵巣を構成している分子原子或いは細胞と云うようなものは、その卵巣の完全な全体の理念に倣って後から造られて行くのであります。.
どうしても全体が先であって、その全体の中に根本的な設計が在り、肉眼に見える現象はその通りに模倣をするのであると云うことを現わしている訳なのであります。これは胃癌の手術などにも言えることであります。肉眼に見えるように出ている胃癌を幾ら切除しても、それが再発する、転移すると云うのは何故であるかというと、心の世界に胃癌の原型、もとの形が造られており、その心の世界に在る癌の霊的原型の模倣をして肉眼に見えるところの癌と云うものが出て来るのであると言えるのであります。ですから心の世界に癌を無くしてしまったら、現象世界に癌が出て来なくなると云う訳なのであります。
吾々は心の世界に問題をもっていて癌にかかっている人を指導して手術なしに癌を消滅せしめた幾多の実例をもっているのであります。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より
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2012年11月02日
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