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蓮華蔵世界の意義を説く.
蓮(はちす)の華(はな)もって“蓮華蔵世界海”即ち“大宇宙”の象徴とし、その蓮の華の中央にある“巣”をもってスメラミコト即ち大日如来・天照大御神が中心座にましますことの象徴とみとめますのは、一切の存在はコトバによって創造られたのであり(「創世記」、「ヨハネ伝」、弘法大師の「声字即実相(しょうじそくじっそう)」)そのコトバをスベテ統源した一番もとの本源のコトバが、「ス」であるからであります。
万籟寂(ばんらいせき)として現象の声も音もない寂静(じゃくじょう)の世界に坐して耳をすますと、かすかに現実のひびきではない“ス”の声が感じられます。これは現象世界のサ行活用の“ス“の声ではないのでありまして、皆さんが目覚めている時には、耳に聴える色々の言葉を発言なさいますが、それら一切の言葉を内に秘めて静かに眠りに入られたとき、その一切の言葉が一つに統(す)べ統合せられた声が出るーそれが”スー、スーという寝息にあたる声でありまして、すべての存在の根源であるコトバのすべてが統べられ統一せられたコトバが"スー"即ち「統べらミコト」でありますから、中心に蜂の巣のような形の"巣。があるところの蓮の華をもって天皇が中心座にまします宇宙存在の本来のあり方を象徴するのであります。
そしてその実相世界を蓮華蔵世界と称し、釈尊の成道の第一声から、世尊拈花(せそんねんげ)の具体的象徴による蓮華説法を通じて、更に仏法の最高峰である『法華経』に於て宇宙存在の根本のあり方、従って又日本国家の本当のあり方は、永久変らざる万世一系の天皇が、宇宙存在の根本的鎮めとその中心座にあらせられねばならぬことを釈尊はお説きになったのであります。
法華宗だけではなく、浄土教の各宗に於ても、「南無阿弥陀仏と称えると、極楽浄土の蓮華の台座の上に坐す」と言われているのは、実相の浄土は、中心にスメラミコトのまします蓮華蔵世界であるからであります。
ところが現行の憲法は、日本国家の主権は天皇にはなく、単なる象徴であり、主権の存する国民の総意如何によっては、いつでも天皇を廃し得るようになっているので、宇宙存在の根本的構図に反いている反真理的憲法でありますから、どうしても、この憲法の非真理性を明確にして、釈尊が『華厳経』及び『法華経』及び花を拈(ひね)って具体的に示された天皇中心の明治憲法に復元しなければ、将来、日本国は非常な混乱状態に陥ることになること必定であります。何故なら、実相の真理に反いているものは、一時は栄えるように見えても、幻の上に築かれた楼閣のようなものであるから崩壊するほかはないからであります。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より
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2012年11月20日
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