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何故憲法を変えなければならないか
すべての物の本質はコトバである
すべてのものは、外面から眺めますと、物質のように見えますけれども、その本質はコトバであります。.それを日本人は古来ちゃんと、潜在意識にそれを悟っておりましたので、この「湯呑(ゆのみ)」を指しても、」「これは“湯呑”というものである」と言います。またこの「書物」を指しても、「これは本というものである」と言います。そのほか何を指しても、「これは人間というもの」「これは動物というもの」・・・などと言うのであります。
「これは物質だ」と言い切らないで、「これは物質というものだ」と吾々が言うのは、すべてのものは、それは物質に見えても、実は「言うもの」なのだ、「コトバ」の具体的表現なのだ、本質はコトバなんだと知っているからなのであります。
日本国の本質は天照大御神(あまてらすおおみかみ)の神勅(みことのり)である
私がこんな話をいたしますのは、実は日本国家の本質について皆さんの御理解を得たいからなのであります。日本国は誰が何を如何にして創造されたかという問題であります。日本国がどのようにし出来たかと申しますと、日本書紀には、天照大御神の勅(みことのり)によりまして
「豊葦原(とよあしはら)の干五百秋(ちいほあき)の瑞穂(みじほ)の国は、是れ吾(あ)が子孫(うみのこ)の王(きみ)たるべき地(くに)なり。宜(よろ)しく爾皇孫就(いましずめみまゆ)きて治(しら)せ、行矣(ゆきくませ)。宝祚(あまつひつぎ)の隆(さか」えまさむこと、まさに天壌(あめつち)と窮(きわま)りなかるべし」
と録(しる)されているのであります。天照大御神の「天(あま)」とは天球即ち宇宙でありまして、天照大御神とは宇宙の大神であらせられます。大神が出現せられた時の有様を日本書紀には、「光華明彩六合照徹(ひかりうるわしくりくごうにてりとおらせり)」と書かれており、宇宙全体にその光明がうるわしく照り徹っている有様が形容されているのであります。
日本の本当の建国は何時か
日本国の建国はいつの時代かという問題は建国記念日制定以前から色々の説があり、建国記念日制定後にも尾を曳いている問題でありますが、コトバが神であり、神はコトバと偕(とも)にあり、一切のものはコトバによって生じたという哲学から申しますと、日本の建国は、宇宙の大神にまします天照大御神が「豊葦原の瑞穂の国は世々わが子孫の王たるべき地なり」とコトバによって宣言された時に日本国は、「神のコトバの世界」即ち「理念の世界」に於いて成立したのであります。
理念とは如何なるものか
もっとも「理念」というものは、コトバ即ち「神の生命の智的表現としての振動」即ち神の心の中にに想い浮かべられた“形相”でありますから、それは物質的形相ではありません。従って縦横厚みの三次元的な空間的大小のひろがりをもっていません。すなわち物質的な形や大きさを抽(ぬ)きにした超空間的な純粋な形相であります。だから、その理念が現象面に投映して来る場合には、大にも小にも顕われて来るのであります。
天照大御神が天孫降臨の神勅に於て仰せられた「豊葦原の瑞穂国」というのも色いろの解釈がありますが、これは大には現象宇宙ぜんたいを表わしており、国家的には日本国を表現しており、極微の世界に於ては物質原子の構成をあらわしていると見ることができます。というのは、瑞穂国というのはこれを哲学的に解釈いたしますと水火国(みずほのくに)ということになります。“水”は陰の象徴であり、“火“は陽の象徴であります。陰陽の組合せによる結合によって出現したものはすべて、大小に拘らず水火国であります。大は太陽系統から小は物質原子に至るまで、すべて水火国であります。国家も家庭もすべて陰陽結合によって成り立つ水火国であります。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」
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2012年11月09日
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