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神武天皇の世界連邦構想
神武天皇建都即位の御詔勅に話を戻すが、その御詔勅の中に「下は即ち皇孫(すめみま)正しきを養いたまう心を弘めん」とあるのは、日本書紀巻第三(神武天皇の巻)の冒頭にちかき所に、瓊々杵尊(ににぎのみこと)が「正しきを養い、慶びを積み、暉(ひかり)を重ね…:」とあるのに相対するお言葉である。このお言葉はキリストの「先ず神の国と神の義(ただしき)を求めよ。その余のものは汝らに加えらるべし」という教訓と全く同じ精神なのである。神の国の正義を自己の内に養い、修養して、よろこべば喜び来るの原理にしたがって、慶びを積み、心を明るくして神の暉が自己に受信し得る波長を心に起すのである。そうすると、自然に「その余のことは汝らに加えらるべし」である。だから「然して後に六合兼ねて以て都を開き、八紘(はっこう)を掩(おお)いて宇(いえ)と為ん」であって、この「然して後の語には千鈞の重みがあるのである。暴力や詭計(きけい)や武力を背景としての強制カによってかくならしめるというのではなく、神の国の秩序であるところの「正しきを養い、慶びを積み、暉を重ねて」来たならば、自然に実相が顕現してそのようになるというのが「然して後に」であるのである。
従って「然して後に」来るところの「六合(りくごう)を兼ねて以て都を開き八紘(はっこう)を掩いて宇(いえ)と為(なさ)ん」ということは決して侵略精神ではないのである。内在の神の国の実相があらわれて、自然にそのように顕現するというのである。これはキリストのいわゆる「その余のものは汝らに加えらるべし」に当るのてある。六合とは天地四方であり、あらゆる方角の国々にもそれぞれ独立国としての都は厳存するけれども、更にそれを総合する世界連邦政府の都を兼ねて開くというのであって、神武天皇時代にこのような世界連邦の構想を建国の理想に掲げられたことは、神武天皇の霊感の素晴しさを物語るものである。そしてそれが世界連邦の構想であるということが解れば、「八紘為宇(はっこういう)」ということも決して侵略的精神ではないことが理解できるのである。元来、紘とは冠(かんむり)の紐(ひも)のことである。「紐」は「緒」ともいうのであるが、「緒」は「玉の緒」すなわち「魂」をあらわすのであり、お公卿さんがかむる冠の緒を顎の下で一つに結び合わすように、世界各国各民族の魂を仲よく結び合わせて、それを一家庭の如くするというのである。こういう八紘為宇の本当の神武精神がわかっていたならば、戦争も起らなかったにちがいないのであるが、それを軍閥が曲解したために、あの戦争は起ったと言い得るのである。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」
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2012年12月11日
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