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部分に分割したら全体はなくなる
 
 
禅宗第一の真理の書『無門関』に、“仲造車(けいちゅうぞうしゃ)”の公案というのがありまして、仲という支那古代の聖王・黄帝の時代に人類最初の「車」を発明して、まず百台の車を製作したが、それを部分品に分解した後、車はいったい何処にあるかと、その部分品を見て探しまわったが、車は行方不明になって見つからなかったという語が出ているのであります。
 
部分品を見て廻ったが車は見っからなかったというのは、すべてのものは、部分品に分解してしまったら、全体は存在しなくなるということであります人間でも、その肉体を解剖して部分品に分解してしまったら、人間そのものは死んでしまって、人間はなくなるのであります。
 
 
国家も、それを国家構成の部分たる国民ひとりひとりに分解してしまったら、部分はあるが全体はない国民はあるが国家はないことになるのでありますこうして、現行の占領憲法では、部分である国民はあるが、生命体としての国家はない憲法になっているのでありますから、この憲法のコトバがだんだん現実化してくるに従って、「国家をなくする活動」が次第に具体化してくることになるのであります。その一つのあらわれが左翼運動の激化と、学生騒動とであります。
 
 
部分が全体として形成されるためにはその形成を指導する霊が要る
 
 
唯物輪者は、全体は部分の集合体であって、部分がまずあって、部分が一定の設計の秩序に従って集合したとき全体ができあがると考えるのでありますが、それは全体の形が生成される過程を、第三者が形の上からみたにすぎないのであります。部分はでたらめに集合したのでは全体は形成されない、部分を一定の目的に集合するには、単に部分が集合するだけではなく、その集合を指導する「秩序の智慧」の存在がければならないのであります。国民が集合して一個の“個性ある国家“を形成するには、「国家の理念」ともいうべきものが先行して、部分の集合する形及び過程を統制して行かなければ、部分は全体を構成することはできないのであります。それは譬(たと)えば、受精卵が細胞分裂をつづけて部分としての細胞の数は増殖して積みあげられて行きましても、そこに細胞の集合を秩序的に統制するところの人間の霊魂が天降(あまくだ)って来なければ、その細胞群が個性ある人間として形成されることにならないのであります。そしてそれは単なる葡萄状鬼胎のごとき不整型な細胞群となるにすぎないのであります、
 
 
 
人体は霊魂が宿ることによっそ個性的存在となる
 
 人体が形成されるにあたって、それが単に細胞分裂によって増殖した細胞が、機械的に集合して人体を形成して行くのだったら、それは機械的構成であるから、すべて一人の母親から生まれてくる子供は、機械的に同一類型の個性のない人間ばかりが生まれなければならないはずでありますけれども、それが、たとい同一母親から産まれた子供であっても、ひとりひとり個性が異なるところの人間がうまれて来ることを思えば、人体は単に増殖細胞が物理化学的工程によって機械的に集合形成せられるのではなくて個性ある“指導精神”又は“理念”又は“霊魂”が天降って来て、その個性に従って人体を構成するものであると結論せざるを得ないのであります。
 
 
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より

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