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大東亜戦争と天皇の御意志
いままで天皇政治については、民主主義者や共産主義者側からいろいろ批判されて来たけれども、日本の天皇は、どんな徒党にも、どんな政党にも、どんな派閥にも、どんな階級にも属していられないで、国民ぜんたいの幸福を念願していろいろの政策に対して御裁可を与えられるのであるから、天皇政治ほど派閥に偏らず、公平無私な政治が行われる政治はないのである。大東亜戦争の発端に於いても多数決で「アメリカを叩くほかに支那事変を早期解決にもって行くことができないので、アメリカに宣戦する」と議決せられたときにも、昭和天皇のみがその戦争に反対して、わざわざ明治天皇の御歌を筆写したものをポケットに携行しておられて、それをひらいて、
四方(よも)の海みな同胞(はらから)とおもふ世になど波風のたち騒ぐらん
と朗々と読み上げられて、戦争反対の意志を表明されたけれども、すでにその頃、民主主義の多数決制度が日本に行われていて、天皇政治ではなく、天皇機関説が実際に行われ、天皇は多数決せられた条件に、ただ御璽(ぎょじ)を押す一つの制度上の機関になつていたのである。大東亜戦争を「軍閥が天皇を利用して」始めたというふうに解釈する左翼の人もあるけれども、本当は軍閥が民主主義の多数決制度を利用して軍の圧力で、軍の考え多数決させるように強圧して始められたものなのである。そして戦争を開始してからは、戦時非常事態というわけで、今度こそ本当に天皇を利用して、国民の総力を出させるために議会の審議も翼賛(よくさん)政治で、「皇運を扶翼(ふよく)し」の一本もつていつたのであつた。戦争が始った以上、戦いに勝つためには国民の精神を最高尊貴(そんき)の目標に集中せしめて全精カを結集する必要があるので、最も尊貴なものを目標に掲げたのであつて、このことは「天皇があるので戦争が始った」ということとは異るのである。
大東亜戦争開始の当時は天皇は機関であって自由意志が行われなかった。天皇は「四方の海同胞」の普遍愛の精神に立っていられて、明治天皇の御歌をお読みになつたが、天皇の平和意志は無視せられたのである。天皇はどんな派閥にも、党派にも、階級にも属されない。だから昭和二十年八月九日、皇居の地下壕で「ポツダム宣言」受諾か否かの御前会議が行われた時にも、「無駄な戦争をつづけることは日本国民のためのみならず、世界人類にとつても不幸なことである。…自分の体はどうなってもよいから戦争をやめる」と仰せられるのは「無私」であり「無我」であり、どんな利己心をも超えていられるのであり、「国民のためのみならず世界入類の不幸である」と仰せられたのは、その御慈愛が単に日本国民のみならず普遍的に全人類に及んだ愛で、偏った執着の愛でないことを示しているのである。このように公平無私不偏不党、普遍的な精神で行われる政治が天皇政治であるのである。民主主義の政党政治で、党利党略、自党の利益のためにはどんな権謀術数でも憚らずに用いる政治の如きは、天皇政治の足もとにも及ばないものであるのだ。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」
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2012年12月08日
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