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人民裁判までいま一歩
林教授の耐えたものがいかにつらいか、みんなが知らなくちゃいけない。一日に十五時間も耳もとでガァーツと怒鳴られることがどんなことか。アルジェリアの電気拷間と同じだよ。そして責める方はいくらでも交代できる。百七十時間もひとつの部屋に閉じこめられることがどういうことか。みんなが想像してみなくちゃいけない。
あそこから人民裁判まではいま一歩なんだ。三角帽子と自己批判の前かけこそさせられなかったが、いま一歩なんだ。それを日本の知識人たちは、他ならぬ自分らの明日の運命として考えてみなきゃいかん。ボヤボヤしていると、三角帽子に前かけさせられるんだよ。
そのとき林さんのように、あれだけの自尊心をもって戦える奴がいったい何人いるか。
ぼくは中共の文化大革命のときにも抗議の声明を出したが、これは隣国のこととしてだけ考えていちゃいかん、われわれの前にも近づいている、と思ったからだ。日本の全知識人は東大紛争を文化小革命として、文化大革命のミニアチュアとして、よく研究しなきゃいけない。
ぼくは権威の破壊には賛成だよ。しかし人間の自尊心や誇りを破壊することは、絶対に許せない。林さんは許せないことを許せないこととして、最後まで頑張った。ぼくが常々口を酸っぱくしていっている「文化防衛」とは、そういうことなんだ。白尊心を守るということなんだ。
ああいう連中に対して文化を守るということは、自分の自尊心を守ること以外にない。それを林さんは身をもって証明した。見事に文化防衛してくれた。それが林教授不法監禁事件の結論だね。
あれは十一日(十一月)だったかな、ぼくは阿川弘之氏と二人で、不法監禁中の林さんを見舞い
に、差し入れをもって出かけた。これの経緯を話すと、くだくだしくなるのでやめるけれども、ぼくらがめざす部屋の前で用件を伝えて待っていたら、前の座談会で一緒だった加藤某が出てきたんだ。
「何だ、何だ。会わせねエよ」
とハナからこうだ。
「どうして会わせねエんだ」
「会わせねエったら、会わせねエよッ」
初めは加藤だとわからなかったが、ここで顔を思い出した。だいたいあいつ、憶えにくい顔なんだよ。印象が薄いんだ。
「あ、きみ、こないだ会ったな」
といったら、向うはジロッとこっちを睨んでから、
「あんたとは、そのうち対決だな」
とこういうから、こっちも、
'「オウ、対決だなア」
といってやった。イヤな野郎だねえ、オノレどうしてくれようかと思ってね…。(笑)
だいたい世間は大学問題を甘く考えすぎているよ。大学というところは、妙な自治権などという幻想を後生大事に抱えこんだ〃白痴の天国"なんだ。これほど革命勢カが狙いやすい恰好な拠点もなかろうじゃないか。
三島由紀夫著 「若きサムライのために」
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2012年09月11日
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