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新宿騒動を見にいって
二.二六事件をごらんなさい。いかに計画され、いかに秘密が保たれたか。それに先立つ十月事件、三月事件がみんな事前にバレちゃったのは、花柳界で計画したからだ。二・二六事件は軍隊宿舎の中で、綿密に計画された。だからこそあそこまでやれたんだよ。軍隊宿舎が"治外法権〃の、だれにも邪魔されない恰好な拠点になったんだ。
それと同じ拠点を、革命勢カは七十年に向けて大学につくろうとしている。それを認識しないで大学問題は語れないんだよ。もっとも二.二六とちがってハナから企図はわかっているんだから、さっき述べたように解放区ないし動物園にして、なにをしでかすのか観察すりゃあいいんだ。
いまの杜会、たしかに動脈硬化・老朽化してきている。その癖、青年の反駁を堂々と受けとめる権威ある老人はいない。わけもなく威張っているだけだ。そういう老人杜会に対して青年が不満をもつのは当然で、だからこそある程度の共感を得ているんだ。
ぼくは青年の不満もわかる、学校の欠点もわかる。ひっくるめて紛争の根本衝動はわかる。が、その衝動があるイデオロギーによって変形され、ある企図のもとにリードされている方向については絶対反対だ。
ぼくは反革命なんだ、絶対に反革命で押し通すつもりだからね。見ておいでよ、いまに反革命が一番カッコよくなるから。反がつきゃ、なんでもカッコいいんだから。いまファッションとして“革命”をえらんでいる連中、そのときになって先を越されたと口惜しがるだろうさ。
だいたい、いま"革命だ、革命だ"っていってる連中、命をかけてないよ。新宿騒動のとき、ぼくは武器がどうエスカレートしているかを見にいったんだ。エスカレートしてなかったね。竹槍すら出てない。遠くから機動隊へ投石したり、電車のガラス割ったり……あんなことならオレにだって出来る。楽なもんだよ、あぶなくなったら逃げちまえばいいんだからね。
何が革命だという感じだな。一種の自已欺瞞だよ。七十年への予傭行動だという。何度も騒乱をくり返して、次第にエスカレートしてゆくという。そういって自己催眠にかけているんだ、あれは。
命を賭けるなら一生に一度、という古い考えがあるけれども、彼らのやってることはといえば、テントウ虫の群のようにヘルメットの群を集めてワイワイガヤガヤ、電車のガラスを割って“革命です、命賭けです“といったって誰が信じるものかね。革命は殺すか殺されるか、どちらかだよ。
羽田事件のときつくづくと思ったね。佐藤首相をアメリカヘやりたくなきゃ、殺せばいいじゃないか。簡単なことだよ。テロは単独行動で、大衆を組織化するという彼らの理論に反するかもしれんが、要は度胸がねエんだよ。一人でやる度胸がねエんだ。
奴らを一人一人にしてみろ、みんな弱虫だよ。ヘルメットのうしろへ廻って、か細い首筋を見ればよくわかる。新宿騒動のとき、駐車場の屋上に上って三時間ばかり見ていたけど・みんなあれテントウ虫だよ。
三時間も物好きだって?そう、自衛隊の半長靴はいて、蹴飛ばしても蹴飛ばされてもいいようにしていったんだ。でもオレ、どうしてこんなふうになっちまったんだろう?われながら全く不思議に思うね。こんなあたしに誰がした:…・。(笑)
法学部出身のせいかねえ。文壇でも見てごらん、文学部出た奴はせいぜい進歩的文化人どまりで、わりに遠くの方から平和主義だの反戦だのといってるのが多いだろう。法学部出た奴はどうも気性が荒いな。だんだんにそうなっちゃう。天下国家をオレがしょってるという己惚れがあるんだよ。
「乃公(だいこう)出でずんば」意識があるんだ。これがどうしても抜けない。オレも抜けねえなア。
三島由紀夫著 「若きサムライのために」
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