|
結びつかぬ市民道徳と国家意識
昭和43年7月
三島 そう思いますね。いま経済主義のおかげで、無関心層がだんだん杜会人から学生までしみ込んでいるということが非常に強いんじゃないですか。その無関心層というのは美濃部都知事に投票する層ですね。自分は左翼じゃないんだけれども、何となくちょっと進歩的な、何かニヤニヤした男に投票してやろうというような、これならば徴兵制度なんかやる心配はないと、福田幹事長に投票すると何だかあぶないけれども。(笑)
福田 どうですか、しかし若い人でも、持って行き方によっては、杜会への連帯感、国のにない手としての意識、こういうものを持つようにできるんじゃないでしょうか。
三島 私は、社会の連帯感という市民道徳と、国への忠誠という道徳とを、いまはっきり分けないとえらいことになると思うんです。つまり日本では市民杜会が成立しかけたといいますが、実際上はこの市民杜会というのは、ヨーロッパの堕落した市民道徳、堕落した市民の杜会の、つまりコッピーに過ぎない、ステレオタイプに過ぎないと私は思うんですつまり自分のことだけ考えて、そして政治的にはソシアル・デモクラットみたいなことをいって、そしてとにかく人のことは一切無関心、それが市民だと思っているんですね。
そういうものが杜会的連帯の基礎になっていて、つまり無関心による杜会的連帯、人のことはかまわんという杜会的連帯ですね、こういうものは日本の戦後の杜会がつくったと思うんですよ。いわゆる社会的連帯が国への忠誠にまっすぐつながるというような、そういう論理構造は断たれてしまった。これは、アメリカの占領政策のおかげだと思いますね。一直線にそこに行かないですよ。
福田 私もそれはそう思いますね。つまり戦後を振り返ってみますと、国土は焼き払われる、食糧はたいへんな不足だ、それで、家を求め、食を求めて、とにかくその日その日を生きながらえる、これが精一ぱいだったわけです、そういう中で、いつとは知れず、杜会的無関心というか、自分だけがよければいいという利己主義的な考え方、それからもう一つは、きょうあればいい、あすはどうでもいいんだという、刹那主義というか瞬間主義というか、最近はマイホーム主義なんていうこともいいますが、それも多少そういうものと似かよったところがあると思いますが、とにかくその日暮しの考え方、風潮、そこへ、アメリカの占領政策というものがアメリカの民主主義を持ってきた。それが、そういう時代的背景の中で権利だけは主張するが、自分の責任というものを感じないという受け取られ方になってしまった。
そこへ思わざる経済の復興発展というものが重なってきているわけですが、そのキッカケとなったのが朝鮮戦争で、ふってわいたような経済復興ができたわけですね。その経済復興が、そういう風潮に結びついて、奢侈(しゃし)享楽というか、そういうものを迎え望む風潮、それが今日のマイホームというような考え方につながってきているというふうに感じているんですが、私は、これはどこか国のあり方として狂ったものがある、直して行かなけれぱならないと思うんです。
それから、そういう同じ問題が国自体にもあるんですよ。つまりいままでは敗戦日本で、アメリカの庇護のもとに、カサの下とよくいわれますが、まあ平和な日本だったわけですね。日本という国はもともと、明治百年というものを回顧したってすぐわかりますが、維新戦争でしょう、また十年たつと西南戦争―これは内戦ですがー今度は少し間を置いて十七年目には日清戦争でしょう、また十年置くと日露戦争、また十年置くと世界大戦、日独戦争ですね。また十年たつと満洲事変、また十年たつと大東亜戦争が出てくるんです。
戦前日本というのは、十年目十年目にほとんど、ただ一つの例外を除いて戦争というものを体験していますが、戦後は戦争はない。いま、この時点で戦争は近いということをはだに感じません。
私は、日本は全くアメリカのカサの下で、暖衣飽食している姿だと思いますが、それがいつまでも許されるでしょうか。そろそろ国としてもそういう形から脱却して世界に責任を持つという姿勢を整えなければならない時期にきていると思うんですよ。日本だけが幸せな国であり得るということはあり得ないんで、やっぱり国際杜会が繁栄し、国際社会が平和であって初めて、日本も平和で繁栄するということを考えると、日本も世界の平和と繁栄に積極的な努力をする、こういう転換をしなければならないと思っているんです。
三島由紀夫著「若きサムライのために」
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2012年09月20日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]





