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文明開化の後遺症
 
外国へ行ってよく受けるのは、
「ぜひ家へお茶漬を食べに来て下さい。海苔もありますよ。干枚漬もありますよ」
という在留日本人からの招待である。
招待側の口ぶりが自信たっぷりであるのをみても、いかに多くの旅行者が、この一言で、猫がマタタビの匂いをかがされたように、咽喉をゴロゴロ鳴らすかが目に見えるようだ。頭のてっぺんから足の爪先までハイカラな紳士でも、一週間お茶漬を食べないと神経がヘンになるという人はいくらもいるし、お茶漬ばかりは思想を斟酌(しんしゃく)しないとみえて、外国へ一歩出たら、進歩的文化人も反動政治家も、仲好くお茶漬ノスタルジーのとりこになってしまう。
 
そして舌を鳴らしてお茶漬を掻込(かきこ)みながら、「日本は貧しい」「いや、日本はやっぱり大したもんだ」「日本はまだ後進国だ」「いや、日本は今や極東じゃなくて極西だ」などと、ひたすら日本についての議論が沸く。
 
大体、食生活ぐらい変革のむずかしいものはなく、目本がこの先どれだけ工業化されても、米の飯と縁を切るのは困難だろう。
 
イタリア、スペインなんかでは米飯を食べると言っても、こういう種類の米を、こういう炊き方をして、こうも多量に食べる国民は、日本人しかいないと言っていい。東南アジアで好まれている米は、例の細長いパサパサした外米である。日本の米の飯の粘着度と、独特の照りと、それに対する愛着とは、全然日本独特のものである。
 
―さて、こういう日本人が日本にかえってくると、
『やっぱり日本はいいや。飯が旨(うま)くて」
という正直な感想に落着くが、これは甚だ主観的な感想で、絶対に西洋人にはわからない感覚である。
 
そういう感覚と思想が入りまじって、ナショナリズム的な発想をひきおこすのが、お茶漬ナショナリズムである。これは米の飯に限らない。世界一周をしたおかげで、日本のフランス料理が一番うまい()ことを発見するのも、お茶漬ナショナリズムのヴァリェーションであり、日本の女が世界一魅カ的であることを、又、ステテコ一つで青畳に寝っころがることがどんなにすばらしいかを、再発見するのも同様である。
 
日本、日本人、日本文化、というものは、そんなにわかりにくいものだろうか?日本の国内にいては、そんなにその有難味を知りにくいものだろうか?どうしても一歩国外へ出てみなくては、つかめないものなのだろうか?あるいは日本人は、そんなにも賛沢になってしまって、自分の持っているものの値打を、遠くからでなくては気づかなくなってしまったのであろうか?
 
これは多分、文明開化の病状の一つというか、明治の文明開化の後遺症みたいなものだと思われる。
 
 
三島由紀夫著 「若きサムライのために」
 
 
 

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