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自然な日本人になれ
日本のいいところだけを、平和的なもの、無害なもの、清潔なものだけを外人に見せようというのは、日本人同士の間で、お体裁をつくろい、お客が来ると、そこだけきれいにしてある応接間へ通すのと同じで、日本古来の接客道徳だという考えもあるが、私はそれはちがうと思う。日本人同士の間なら、ほかの部屋は汚くしてあることはお互いによく知っており、お互いの恥部はよく知り合っており、その上で、主客の演技をお互いに演じ合うという生活伝統が成り立つのだが、外人相手にそれをやるのは明らかな偽善であり欺瞞であり、要するに漢意(からごころ)である。
自然な日本人になることだけが、今の日本人にとって唯一の途であり、その自然な日本人が、多少野蛮であっても少しも構わない。これだけ精妙繊細な文化的伝統を確立した民族なら、多少野蛮なところがなければ、衰亡してしまう。子供にはどんどんチャンバラをやらせるべきだし、おちょぼ口のPTA精神や、青少年保護を名目にした家畜道徳に乗ぜられてはならない。
ところで、私はこの元旦、わが家の一等高いところから、家々を眺めて、日の丸を掲げる家が少ないことに一驚を喫した。こんな美しい国旗はめずらしいと思うが、グッド・デザィンばやりの現在、むずかしいことは言わずに、せめてグッド・デザインなるが故に、門毎(かどごと)に国旗をかかげることがどうしてできないのか?
去秋の旅で、私は二度鮮明な日の丸の思い出を持った。
一つは私の泊っていたニューヨークのウォルドルフ・アストリア・ホテルに、たまたまオリエント研究関係の国際会議か何かで、三笠宮殿下が御来泊になり、正面玄関に大きな日の丸の旗が掲げられ、パーク・アヴェニューにひるがえった。これは実に晴れがましい印象だった。自分も一日本人、一同宿者として、その巨大な日の丸の旗の、一センチ角ぐらいを受持っている感じがして、心がひろがるのであった。
もう一つは、他にも書いたが、ハムブルクの港見物をしていたとき、入港してきた巨大な貨物船の船尾に、へんぼんとひるがえっていた日の丸である。私は感激おくあたわず、その場にいたただ一人の日本人として、胸のハンカチをひろげて、ふりまわした。
こういうことを、私は別に自慢たらしく言うのではない。私にとっては、ごく自然な、理屈の要らない、日本人の感情として、外地にひるがえる日の丸に感激したわけだが、旗なんてものは、もともとロマンティックな心情を鼓吹(こすい)するようにできていて、あれが一枚板なら風情がないが、ちぎれんばかりに風にはためくから、胸を搏(う)つのである。
ところが、こんな語をすると、みんなニヤリとして、なかには私をあわれむような目付をする奴がいる。厄介なことに日本のインテリは、一切単純な心情を人に見せてはならぬことになっている。しかし、つらつら考えるのに、私の「日の丸ノスタルジー」と「お茶漬ナシヨナリズム」と、どちらが国際性があるであろうか?.
自分の国の国旗に感動する性質は、どこの国の人間だってもっている筈の心情であるが、お茶漬の味のほうは、それだけの同感が得られるかどうか疑わしい。世界の民族で、こんなに淡泊な、妙なシャブシャブしたものを、美味しがる国民は、おそらく日本人だけであり、それぞれ自分の故郷のお国料理にノスタルジーはあるにしても、たとえばギリシヤ人が、ムーサカを食べないでいたら発狂してしまう、というほどのことはなさそうである。
私の言いたいことは、口に日本文化や日本的伝統を軽蔑しながら、お茶漬の味とは縁の切れない、そういう中途半端な日本人はもう沢山だということであり、日本の未来の若者にのぞむことはハンバーガーをパクつきながら、日本のユニークな精神的価値を、おのれの誇りとしてくれることである。
(昭和四十一年四月)
三島由紀夫著 「若きサムライのために」
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