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金次郎のわらじ
つづき
利右門(りえもん)は酒のつぼを押しいただきました。ちびりちびりと、久しぶりの酒を大事に味わって飲みました。
ぽっと赤味がさして生気(せいき)がでてきた父をかこんで、母も金次郎も友吉(ともきち)もにこにこと嬉しくなりました。
でも、貧しい生活はそれから。も続き、身も心もすりへらして働いた利右衛門は、病気がちになり寝てすごす日が多くなりました。
村では、酒匂川の大水を防ぐための堤防づくりが始まりました。一軒から一人ずつ男がでて、土をもりあげたり石を積んだりするのです。洪水の恐ろしさは骨身にしみているので皆真剣です。父が病気なので、二宮家では十二歳の金次郎がでることになりました。
もっこで砂利を運んだり、石を持ちあげたり、大人たちに混じって金次郎はせいいっぱい働きました。
「金坊、よくやるね」
「とうさんの具合はどうだい」
と、村の人たちはあたたかい声をかけてくれます。
しかし金次郎は、自分が大人たちのように仕事ができないのを、申しわけなく思いました。
『何かおれにできることで皆さんの役に立つことはないだろうか』
そう思いをめぐらせながら働いていると、村人たちのわらじの鼻緒がはげしい重労働のためよく切れることに気づきました。
「そうだ」
にっこりとした金次郎は、村の人たちが帰ったあと、あちこちに捨ててある鼻緒の切れたわらじを拾い集めました。
そしてそれを家にもって帰ると、夜おそくまでせっせと鼻緒をすげかえます。あたらしいわらじも何足かつくりました。
翌朝、村人たちは、仕事場にていねいに繕(つくろ)ってあるわらじと新しいわらじが木の枝にかけてあったり、そこここに置いてあるのに気づきました。
はげしい土運びに鼻緒が切れた村人たちは、「ほう、これは助かるな。使わせてもらおう」
「うん。繕ったわらじが落ちてるなんて不思議だなあ」
と言いながら、わらじをはきかえて働くのでした。
次の日も、その次の日も繕ったわらじや新品のわらじは置いていてありました。
誰いうともなく、それは金次郎少年のしたことと知れて、村の人たちは深く心を打たれたということです。
※ 「働く」とは、はたを、楽(らく)にすることです。
幸福になる法則があります。「与えよさらば与えられん」
洗面器の水を両手で押すと水は手前に戻ってきますが、水を手前に
両手で戻すと、水は逃げていきます。これと同じで、多くの人に
親切を与えると多くの人から親切がかえってきますが、奪うと
奪われます。
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二宮金次郎
はじめに
谷口雅春先生は『生命の實相』第十四巻教育篇において、「人は成ろうと思う者には必ずなれるのだ。知ろうと思って知れないことはありえないのだ」と彼らを鞭撻(べんたつ)し、勇気づけ、世界の偉大な学者、発明家、英雄、豪傑、聖賢(せいけん)の立志伝などをやさしい言葉で説いて聞かすようにせよ、子供は偉人の立志伝を喜んで聞くものだ。それらの偉人と同じくなんじの内にも磨けば磨くほど、どれだけでも生長する潜在能力の蔵(かく)されていることを彼に知らしめよ。何事でもできると思って突き進めば必ず成し遂げうるだけの力を人間は授かっているものだという真理を、子供に理解力がつき始めた時、その初期から教え込むようにするがよいのである。とご指導くださいました。
中略
かつて多くの小学校などには、二宮金次郎の銅像や石像がありました。先生や親から聞いた金次郎の話―伯父(おじ)の家に預けられ、農作業に励みながら、夜なべ仕事をしたり、学問をしたという話―に感動し、志を抱き、身を励まし、名を立てていった先輩たちが数多くいました。
また二宮金次郎は「人は天地のあらゆるものとご先祖の恩を受けてこの世に生きている。これに報いることこそが報徳であり、人の道である。報いるということは、いっさいのものの長所や美点を引き出し伸ばしていくことだ」と言っています。まさに「生命の教育」と同根の精神です。学校や地域などの教育現場から、多くの偉人たちの立志伝が姿を消し、「倹約」や「勤勉」の美徳が語られることの少なくなった現代の世にあって、本書が美しい「日本の心」を呼び覚ます一灯となればと念願してやみません。
金次郎少年のわらじ
二宮金次郎は、江戸時代も後期の天明七年(一七八七年)、相模(さがみ)の国栢山(くにかやま)村(今の小田原市栢山)に、二宮利右衛門・よし夫婦を父母として生まれました。
父の利右衛門は、「栢山の善人」とあだ名されるほどなさけぶかい人で、困った人がいるとすぐにお金を貸してあげるのでした。証文もとらず「返せ」と催促もしません。貧しくて困っている人はいくらでもいて、二宮家のたくわえはどんどんなくなっていきました。
すると、利右衛門は父の銀右衛門が汗水流して築いた田畑を手放してまで、村人にお金を用立ててあげるのでした。
利右衛門は、もともと田畑を耕すより本を読むほうが好きなおっとりとした人で、先祖伝来の土地を何がなんでも守りぬこうという気持ちは薄かったようです。
寛政三年(一七九一年)、関東地方を大暴風雨が襲いました。いつもはゆるやかに流れている酒匂川は水量が増え、ゴオーツと音をたてて今にも栢山村に流れてきそうです。村人たちは必死で土嚢(どのう)を積んで防ごうとしましたが、堤も切れ村は濁流に呑みこまれてしまいました。
利右衛門とよしは、畳を高く積みあげた上に五歳(以下数え年)の金次郎と二歳の友吉をのせて、なんとか一家四人の命は助かりましたが、実るばかりだった稲は、跡形もなく流されてしまったのです。
利右衡門はがっかりしました。水田は砂や石でおおわれ河原のようです。親子四人、この冬をどう過ごしたらよいのでしょう。生活は苦しくなり、借金をしなくてはやっていけないようになりました。そんな生活が何年も続いて、利右衛門はもう身も心も疲れてしまいました。夜も好きな本を読むでもなくぼんやりしています。
金次郎は十二歳になっていました。利右衛門より祖父の銀右衛門に似たのでしょうか、身体も大きく筋骨たくましい少年でした。そして何ごとにもくじけない強い心と、思いやり深い心の持ち主でした。
『とうさんは、ひどく疲れている』
と金次郎は思いました。優しい大すきな父、人が良くて財産をなくしてしまった父、洪水で田畑を流されて、それでも一所懸命働いてくれる父、その父のさびしそうな横顔……
『とうさんの喜んでくださることはないだろうか。とうさんの好きなお酒を飲ませてあげたいなあ』
と金次郎は思いました。
もとより、そんなお金はありません。金次郎は母にわらじの編み方を習い、ていねいに一足一足、何日もかかって編みました。何足かたまると、それを売りに行き、少しのお金がもらえました。
金次郎ははじめて働いて得たお金で、わずかばかりでしたが酒を買って家に帰りました。
「とうさん、どうぞ飲んでください」
「おお、これは」
息子がはじめて働いて得たお金で買ってくれた酒です。
つづく
注:とうさんを喜ばせたい、ここが繁栄の鍵です。幸福になりたい人は親に感謝し、親を喜ばせない限り本当の幸せはきません。法則です。
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国連予備軍と国土防衛軍
三島 ただそこで、ぼくはそれは論理的に正しい、おっしゃるとおりだと思います。しかしエモーションはついて行かないですね。国民は必ずしも論理的な人間ばかりじゃない。いつも感情で動く、ことに日本人は非常に感情で動きますね。そうすると、自分たちが国を守ろうとすると、いつの間にかアメリカのカサを認めることになってしまうというのはどうにもやり切れないという感じが一般に強いですね。論理では確かにそうなんだが、それを何とか解決する方法はないだろうかという・・・。
福田 一般に強いですか。
三島 私は強いと思います。
福田 私は非常に簡単な論理じゃないかと思います。いま日本の政界をよく見てみても、安保条約が必要だと考えるのは自由民主党と民主杜会党なんですね。それから杜会、共産の両党はこれは廃止だと。公明党は中間的に段階的解消論、こういうふうに分れておりますね。その中で廃棄論の有カな議論はやはり杜会党ですね。一体どうするんだというと、無防備中立だというわけです。これは三島さん、常識のある人はまぼろしの防衛論、幻想としか受けとらないんじゃないでしょうか。少し問題を話してやれば、きわめて簡単に国民が理解し、安保体制に対する理解を持つことになるのじゃないかと思いますが。
三島 私はそう簡単に行かないと思う。きょう『週刊読売』という雑誌が来て、見ましたら、私もアンケートの一人ですが、憲法のどこが気に入らないか、憲法改正するにはどうしたらいいか、自衛隊をつまり軍隊と認めるかどうか、例のごとき問題で六十何人の人間がアンケートに答えていますが、圧倒的多数が憲法はこのままでいいし、自衛隊も軍隊と認めないし、もっとはなはだしいのに至っては、もう軍隊なんかやめてしまえというのが非常に多いんですよ。日本人のそういう実.に非論理的な思考というのはばかにならない。日本人というのはそういう考え方をするんですね。
福田 それは進歩的文化人を集めての話じゃないですか。
三島 いや、それは漫才師もいればいろんな人がいますよ。漫画家なんかもいますし。まあ平均的日本人の、つまり熊さん八つぁんみたいな人たちが一ぱいいるわけですね。あれの中にある考え方の核は何だろうかと私はいつも思うんですが、つまり自主独立というものと集団安全保障という問題は日本人の中で観念的には理解できても、心情的に理解できていないところがどこかにあるんですね。それをどうやって理解させるかということは非常にむずかしい。
つまり私は、国軍を二つに分けて、国連予傭軍とわれわれの軍隊とを二つにはっきり分けてしまうほうがいいと思う。そして集団安全保障のための軍隊と、それから全くの自主防衛のための軍隊である国民軍と、私ははっきり分けるべき時代が来ているんではないかと思うんです。憲法でそういうことができないということはわかっています。しかし、京都産業大学の小谷秀二郎さんなんかいっている国連予傭軍の考え、あれはヨーロッパ諾国でいろいろやっているんですが、国連警察軍にいざという場合に協カするための特別な予傭軍ですね。私はこういうものがはっきり分けられれば、制服から何から全部違うわけですが、われわれは国連の軍隊であり、一方、われわれは日本だけの国土防衛の国民軍だというふうに、考えを分けないと頭が混乱してしまう。
それから安保条約の双務化ということ、これは憲法を改正しなければ双務化は絶対できないですね。アメリカはそういう点でどう考えていますか。憲法改正について……。
福田 アメリカの見方はできないということでしょうね。
三島 できないということを向うは知ってるわけですね、よく。
福田 結局経済面の負担ということになってくるんじゃないですか。東アジア諸国に対する経済援助、そういうものがかなり強く要請されるんではないでしょうか。また私は当然要請を待たずしてやるべきだと思うのです。ただこれもむずかしいんですよ。結局外国を援助するということはわれわれの国民所得をそれだけ海外にさくことですから、一体日本の道をほっといて外国の道をつくるのはどういうわけだと、こういう議論も出てきますね。しかしそういう日本はただで繁栄と平和を享受することはできないという考え方を持たなければいけない時期に来ているんじゃないか。
三島 ただ人間の精神は肉体から来ていますから-私は精神と肉体はいつも密接なものだと思いますから、たとえばいかに後進国援助、後進国開発に援助するとか、あるいは国連警察軍に対する出資とか、そういう点で税金が上げられても経済主義の原則から離れるわけではない。さっきからの根本的な問題ですが、経済主義というのは自分だけ金をもうけて一人だけ楽なことをするばかりではない、金を出すことも経済主義。しかし人間は金を出したことによって、自分の良心の満足が得られるかというと疑問です。アメリカでは、慈善団体というのが一ぱいあって、変な太った金持のばあさんがワイワイ、ダンスパーティなんかをやって、身体障害者とかいろいろなもののチャリティをやっていますね。ああいう考えというのは、日本人はあまりぴったり来ないですよ。それで自分は金をやったから責任果したんだ、税金払ってるから責任果したんだというんでは日本人は満足しない。からだがあるんですから、これはやっぱり何か労力を出資するとか、つまり人間がからだをぶつけてやることじゃなければだめですね。
国民精神というものを振起するには……「まず身を起せ」というのが、いつも私の考えの基本です。
(昭和四十三年七月)
三島由紀夫著「若きサムライのために」
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ムード的な国民的合意が
三島 ちょっと話は違いますが、安保条約について、これから一九七〇年に向ってポスト・ベトナムの情勢下にどういうふうな受け取られ方をするだろうかということを私ども心配しておりますけれども、私は安保条約に対する信頼度というのは落ちると思いますね、どうしても。そして安保条約の信頼度が落ちたところでナショナリズムは非常に国民全体の意識をおおってくると思うんです。そのナシヨナリズムをいろいろ分析しますと、三派全学連も一種のナショナリズム、米軍基地反対、それから極右のナシヨナリズム、これもだんだん保守的ナシヨナリズムが強くなるでしょう。それからいろんな形のナショナリズムが日本中をおおうようになると思いますね。そのときにある意味では安保というものに対する信頼度が落ちたところで、変な国民的合意ができてしまうんじゃないかと私は考えるんです。それは必ずしもはっきりした国民的合意じゃないにしても、ムードとして。
その場合自民党に期待することは、自主独立の問題以前の問題ですね。政治的な処理を自民党に私どもは期待するんです。なぜかともうしますと、はっきりいえば、自民党は安保体制というものにおいて反安保体制と刺しちがえる覚悟でやっていただかなきゃならない。それが自民党の歴史的役割じゃないかとぽくは考えるんです。そして最後の国民の自主独立の防衛ということは憲法を変えなければどうにもなりませんから、それはその先の問題として、現実に自民党がやらなばならない一番の歴史的な任務としては、それが最上の理想的な政治ではありませんが、安保体制において刺しちがえるというくらいの覚悟を持っていただかないとだめなんじゃないかと思います。
福田 それはもう、もちろんですね。
三島 それによって滅びてもしかたがない。その先に何か光があると…。
福田 私は安保論争というものはもうすでに本番に来ているという認識をしているんです。一九七〇年、再来年になって初めてこつ然として安保問題というものが出てくるわけではないんで、もうすでに火花を散らしていると思うんです。安保間題の処理のしかたについては固定延長論とかいろいろありますが、かりに固定延長論ということになると、条約改定になるんですね。そうするとアメリカの議会にかかる。私は、日本の国会もさることながら、アメリカの議会もそう簡単なものじゃなかろうと思います。つまりいまの安保条約は、日本にきわめて有利ですね。アメリカ人は日本人のために金を使い、血を流す、こういうことでしょう。日本は基地は提供するが、ほかに何らの義務を負わない。こんなありがたい条約はないわけで、逆にアメリカから見ればこんな損な条約はないんですから。そこで双務的なものにすべしという議論がかなり出てくる可能性がある。
三島 出てくると思いますね。
福田 アメリヵの議会はぞうやすやすとこの条約改定を承認しないという事態も考えておかなければならないと思いますね。そういうことからいえば、自動延長論というものも有力に出てくる可能性があると思います。そうなれば議会では問題にならないわけですよ。私はことしか来年の上半期あたりが勝負どころじゃないかと思っています。
三島 そうですね、おそらく一九七〇年の前に来ますね。
福田 問題は、そういう論争を通じて、国の守りについてわれわれ一人一人が責任を持つんだということ。しかし、それだけでは十分ではない。特に核時代になると、核戦争にでもなったらこれはもうたいへんなことになる。核攻撃に対する抑止カという問題、つまり私はよくいうんですが、「兵は用いざるをもって上善となす」。核時代に昔の古いそんなことばが一番よく当てはまると思うんですが、その抑止カは日本では当分の間持てない。この大事な侵略に対する抑止力をアメリカに依存する。安保条約はほんとうに自分で自分の国は守るという考えをとれば当然の帰結になってくるんじゃないかと思うんですがね。お話のとおり、これは自由民主党は生命をかけてこれをやり遂げなければならないと……。
三島由紀夫著 「若きサムライのために」
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“二人は世界のために”も必要
福田 そういう中で日本はどう対処するかということ、またそういう方向をどう感じとっているか、これは私ども政治家とすると寝てもさめても頭の痛い問題なんですね。
三島 そうでしょうね。そこで憲法問題が出てきますが、私は憲法がいいとか悪いとかいう問題よりも、いわば日本はユートピアを先取りしちゃったと思うんです、憲法によって。しかし実体はありはしないんです、そのユートピアは。それでユートピアを先取りした国民が、今度はどうやって現実に目がさめるかという問題ですね。ユートピアはいいんだとしかし現実はこうなんだと。現実の毎日毎日はこうなんだということがどうしてもわからない。だから痴人の天国になってしまうわけですね。
ある政治的な理想というものは一歩一歩実現するほかはないんで、そういう百年の大計をきょう実現することはできないんですが、日本ではあたかもそれが実現されたかのごとき錯覚が起って、それがいまだに続いているんです。やっぱり敗戦後の一時の虚脱状態から生れたものだと思います。日本には確かに非武装中立的なイメージがあって、それがいまでも現実にそうであるかのような、そういう日本を、一たんあったものをだれかがこわしてしまったような被害妄想があるんですよ。ところがそんなものは一度もなかった。
それでいつもいうんですが、それじゃ君ら非武装中立というが、日本が武力で守られなかった日が一日でもあったら教えてくれと。
厚木にマッカーサーが進駐してきたその日に日本軍は解体して、日本軍のかわりにアメリカ軍が入ってきて、アメリカ軍がいなくなったときには自衛隊がもうあったんですからね。現実に生きてる人間としては私はこう思うんです。つまり十日先は自分はつまらんイデオロギーのために死ぬかもしれない、福田さんも暗殺されるかもしれない、歴史の中に生きている人間はそうじゃないですか。その時代時代、理想がありながらそのつまらんもののために死ぬんですよ。それでいいんだと思うんですね。つまり将来の理想的なイメージに、ユートピアに向って命を大事にして、なるたけあたらずさわらず、自分は平和なところにいて安穏に百年生きたって始まりませんよ。おっしゃるように、二十一世紀の中ごろにそんな世界国家ができるかどうかだれも知らないと思いますね。
福田 私もそんな感じがしますね。つまり理想と現実をはき違えている。そういうことから、政治的杜会的な混乱が出てくる。ともかく私は、政治家として、やっぱりみんなが一人で幸福であり平和であるわけには行かないんだ。みんなが力を合せて責任を分ち合って初めてできるんだという考え方を持ってほしい。それから国際杜会における日本の立場にしても、同じような考え方が必要な段階になってきている。
この間もたくさん若い人の集まる会がありまして、歌を合唱するというんです。何を歌うかというと"世界は二人のため"に。私、ひやかしたんですよ。その歌は非常にいいし、皆さんの気持もわかる、わかるがそればかりじゃいけないと。二人は世界のためにあるという気持もひとつ持ってもらいたいんだという話をしたんですがね。
三島由紀夫著「若きサムライのために」
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