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不合理強行で成立した憲法は無効である
こうして現行憲法は法理上不能なる改正を合憲の如きカムフラージュをもって糊塗してつくり上げたる占領押しつけ憲法であり、「改正」としても存立不可能のものであり、力による革命とするならば、不合理の強行の上に成立つものであるから、今後、実カあるものが出現するならば幾回でも改廃せしめうるものであるのである。だから「改正説」によるも「革命説」によるも結局、その存在の法理的根拠が成立たない無効憲法なのである。
連合軍司令官の「従属下」で定められた憲法
一国の根本法たる憲法の制定に関しては、統治者及び国民の自由意志によらなければならないのは当然である。然るに、現行憲法制定当時にはその自由意志が「連合軍司令官の制限の下に置かれる」ことになっていたので、この「制限の下に置かれる」という日本訳は、日本人の民心を刺戟しない方便のために穏和な語を用いたのであるけれども、原語は(subject to)であって、本当は「従属す」という意味である。だから完全に自由意志のなかった時期である。これについて井上孚麿氏は、
「憲法の制定にせよ、改正にせよ、すべて憲法を左右する行為には、完全なる自由意志の存在を必要とする。たとえ憲法改正に参加すべき人が、憲法所定の正当の人々であっても、それが内面的自由を具足せざるものであったり、或いは他の制肘(せいちゅう)を受くべき地位にあったりしたのでは欠格者となる。また憲法改正の手続方法が、憲法所定のままに形式的には行われておっても、その過程に於て自由意志の欠如があるならば、その手続方法は有効なものとはいえぬ……」として、自由意志の欠如せる場合の実例として、天皇に故障があって摂政を置く場合の期間中に典憲の変更はできないとして、
.「例えば、帝国憲法はベルギー憲法と共に、摂政を置くの間、.典憲の変更を禁じ、元のウルテンベルヒ憲法は摂政期間中になされたる改正は、その任期中に限り効力を有する旨の明文を有する」という実例を挙げている。天皇が能力に故障があり摂政を置く場合ですら、そうであるのに摂政以上に、マッカーサー元帥が天皇の統治権に制約を置いている時代には憲法の変更は出来ないし、たといその間に変改された憲法があるとしても、それは摂政の任期中(この場合はマッカーサー元帥の占領政策期間中)のみ有効であって、その後は無効となるべきは国際法上の慣例だと指摘しているのである。
また「外国の制圧下に於てはこの憲法は改正すべきでないとか、新憲法を作ってはならないとかいう条文は帝国憲法にないではないか」というような質問をする人に対しては、外国の制圧下に将釆なるかも知れぬというような「そんな莫迦(ばか)らしいことは、堂々たる国家の大憲章の明文に提示せらるべきではない。特に況(いわ)んや成文憲法の制定は、国が新興の機運に燃え上っておる時に、将来の隆盛を期待して為されるのが通例であるからして……敗戦占領等の不吉の時を予想して、これに対処するための条文を設けるというようなことは……恰も結婚式の誓詞に離婚の条件が問題にならぬと同様である」と井上氏は一笑に付していられる。
谷口雅春著 「私の日本憲法論」より
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2013年01月10日
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